労働法務

労働法務
労働法務は、企業の経営資源のヒト(労働力)・モノ(生産手段:設備や原材料など)・カネ(資本)の3要素のうち、ヒトを対象とする管理活動の法務を受け持つ業務といえます。
労働法務は、従業員(労働者)に関わるあらゆる法務を包含します。具体的には、採用、就業規則、賃金、労働時間、休日・休暇関係、退職・解雇、労災関係、配置転換・転籍・出向、退職、女性と労働・性差別の禁止、外国人労働者、福利厚生、労働組合などのカテゴリーに分かれます。本稿では、労働法務の主要な業務=就業規則の作成、採用と退職・解雇、賃金その他労働条件そして労災をピックアップして解説します。
労働法務も「法務」ですから、狭義には法務部門が担当するといえますが、人事部門、総務部門なども合わせて、全体として担当している、というのが実態に近いといえましょう。
就業規則の作成と運用就業規則の記載事項の中にはいかなる場合にも必ず記載されなければならない事項があります。それは次の事項です。
(1)始業および終業の時刻、(2)休憩時間(長さ、与え方)、(3)休日(日数、与え方)、(4)休暇(年次有給休暇、産前・産後の休業、育児休暇、忌引休暇、結婚休暇など)、(5)交替制労働における就業時転換に関する事項(交替期日、交替順序など)、(6)臨時の賃金等(一時金、退職手当)を除く賃金について、決定・計算の方法(学歴、年齢、勤続年数、技能などの賃金決定の要素と賃金体系)、支払方法(直接支給、銀行振込み)、締切りおよび支払の時期(日給か、週給か月給か、何日締めの何日払いか)、(7)昇給に関する事項(昇給の期間、率等)、(8)退職に関する事項(任意退職、解雇、定年制、休職期間満了による自然退職等)。
以上が必ず記載しなければならない事項ですが、その他に制度として採用する場合には記載しなければならない事項として、次のものがあります。
(1)退職手当について、適用労働者の範囲、手当の決定・計算および支払の方法(勤続年数・退職事由などの金額決定要素、一時金方式か年金方式かなど)、支払の時期に関する事項、(2)臨時の賃金等(退職手当を除く一時金、臨時の手当など)および最低賃金額に関する事項、(3)労働者の食費、作業用品その他の負担に関する事項、(4)安全および衛生に関する事項、(5)職業訓練に関する事項(訓練の種類、期間、訓練中の処遇、訓練後の処遇など)、(6)災害補償および業務外の傷病扶助に関する事項(法定の補償の細目、法定外の上積み補償の内容など)、(7)表彰に関する事項(表彰の種類と事由)、(8)制裁に関する事項(懲戒の事由、種類、手続)、(9)当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項(旅費規定、福利厚生規定、休職、配転、出向など)
上記の事項の中には、雇用契約書に規定されているものもあるでしょうが、就業規則には重ねて記載しなければなりません。
採用と退職・解雇に関わる法務1.採用と法務
採用は、企業側がまず労働者の募集(労働者を雇い入れることを公表すること)をします。募集は、職種、就労場所、賃金、労働時間、社会保険加入の有無等を明示して行うことが通例です。そして、募集に対する応募者の中から選抜することになります。
採用時は労働契約を締結します。書面で雇用契約書を作成しなくても口頭で採用の意思を示し、労働者がこれに同意すれば契約は成立します。
一方、募集内容(労働条件)は、一般にある程度の幅を持って示されることが多く、特に賃金の額等はそれを個別の労働条件とみなすには不十分である場合が多いため、労働基準法では、雇入れの際に賃金その他一定の労働条件については、書面で明示すべきことを定めています(労働基準法15条)。すなわち、一定の幅の中から当該労働者に関する個別の労働条件を決定し、それを明示する必要があります。その他の労働契約の内容についても、できる限り書面で確認することが求められています(労働契約法4条2項)。
労働者の募集および採用において、性別を理由とする差別的取扱いが禁止されています(雇用機会均等法5条)。また、直接差別のみならず、一定の間接差別も禁止されています。たとえば、身体的条件(身長、体重等)を課す場合や、転勤を条件とするような場合であって、その条件を課す客観的合理的理由がないものなどです(同法7条)。さらに、雇用対策法により、募集・採用における年齢制限が原則として禁止されました(同法10条)。
2.退職と法務
退職とは、労使間における雇用関係が終了することをいいます。一般的には労働者が自発的に、あるいは任意に労働契約を解約する場合(労使の合意退職、希望退職、退職勧奨に応じての退職なども含む)と、契約期間の満了あるいは定年などによりその職を退くことをいい、労働者の死亡による雇用関係の終了も含まれます。「解雇」とは区別して使われるのが一般的です。
民法628条は、雇用の期間を定めた場合であっても、「やむを得ない事由」があるときは雇用契約を解除することができるとしており、解除事由が限定されています。ただし契約締結後の事情の変化は、やむを得ない事由とは通常みなされません。契約期間の途中であっても、事情の変化があれば労働者に退職の自由を認める必要から、暫定措置が認められています。それは、契約期間が1年を超える有期労働契約を締結した労働者(5年までの特例が認められる場合を除く)は、民法628条の規定にかかわらず、当該労働契約の初日から1年を経過した日以降においては、使用者に申し出ることによって、契約期間の途中いつでも退職することができるというものです(労働基準法附則137条ほか)。
有期労働契約は、使用者が更新をしなかった場合には契約期間の満了により雇用が終了します。これを「雇止め」といいます。有期労働契約の更新の場合は、労働契約法の改正により「雇止め法理」が法定され、次のいずれかに該当する場合に、使用者が雇止めをすることが「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」は、雇止めが認められません。
(1)有期労働契約が反復更新されたことにより、雇止めをすることが解雇と社会通念上同視できると認められる場合
(2)労働者が有期労働契約の満了時にその有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由が認められる場合
3.解雇と法務
解雇とは、使用者の一方的な意思表示によって労働契約を終了させることをいいます。「使用者の一方的な意思表示」によるものですから、労使の協議による労働契約の解約や労働者の一方的な意思表示である退職などは解雇ではありません。
また労働契約で就労期間が定まっていた場合には、同期間の満了により契約が終了しますから、解雇ではありません(ただし、短期間の契約が何回も反復継続し、更新が重ねられたときは、全体として「期間の定めがない労働契約」と認められることもあります)。
《1》民法や労働基準法では、解雇に対して次のように定められています。(1)労働契約に期間の定めがある場合:やむを得ない事由あるいは労働者の責に基づく事由がある場合に解雇できる。
(2)労働契約に期間の定めがない場合
ア 30日前に予告するか30日分の予告手当を支払えば解雇できる。
イ 天災事変などのやむを得ない事由あるいは労働者の責に基づく事由がある場合には予告手当なしで解雇できる。
もっとも、上記の要件さえ満たせば解雇できるというわけではなく、以下に述べるとおり、さまざまな制約があるので注意が必要です。
労働基準法は、解雇に対する制約として次のとおり定めています。
(1)労働者が業務上負傷しまたは疾病にかかり療養のために休業する期間およびその後の30日間
(2)産前・産後の休業期間およびその後の30日間
上記の期間は解雇できないとしているのです。これは、労働者は解雇されても就職活動が困難なことによります。例外は、(1)については打切補償を行うことであり、(1)、(2)共通のものとしては、天災事変その他やむを得ない事由のため、事業の継続が不可能となった場合です。
また、これとは別に労働基準法違反の是正という面からの制約として
(3)労働者が行政官庁に対して労働基準法違反の事実を申告したことを理由としてする解雇等の不利益な取扱いをしてはならない
(4)国籍、信条等を理由とする解雇の禁止(労働基準法3条)
(5)不当労働行為となる解雇の禁止(労働組合法7条)
があります。
ほかにも、判例やその他の法律で解雇の無効の場合が示されています。もれのないチェックが必要です。
賃金その他労働条件に関わる法務労働基準法において、賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称が何であるかを問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう(同法11条)とされています。しかしながら、労働者は使用者に雇用されることにより、賃金のほかにも福利厚生としての利益を得、あるいは企業設備等における恩恵を受けることもあるため、何が賃金で、何が福利厚生施設あるいは企業設備等になるかが問題となることがあります。
また同法24条は、賃金の支払について、「通貨払いの原則」「直接払いの原則」「全額払いの原則」「毎月一回以上の原則」「一定期日払いの原則」の賃金支払五原則を定めています。
(1)通貨払いの原則
使用者は労働者に対して原則として通貨で賃金を支払わなければなりません。この趣旨は現物給与の禁止です。たとえ労使協定で定めたとしても、賃金を通貨以外のもので支払うことはできません。
(2)直接払いの原則
使用者は労働者に対して原則として直接賃金を支払わなければなりません。代理人や委任の受任者に支払うことはできません。未成年者であっても保護者に対して支払うことは許されず、本人に直接支払わなくてはならないのです(59条)。これは中間搾取の排除ための規定です。労働者が賃金債権を譲渡(民法466条)した場合でも、譲受人に支払うことは許されません。
(3)全額払いの原則
使用者は労働者に対して原則として全額賃金を支払わなければなりません。
(4)毎月一回以上の原則
(5)一定期日払いの原則
使用者は労働者に対して原則として毎月一回以上・一定期日に賃金を支払わなければなりません(同法24条2項)。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので臨時の賃金等については、この限りではありません。またたとえ年俸制であっても、この原則は適用されます。
賃金以外の労働条件には、労働時間、休憩、休日、休暇等のほか、福利厚生、安全衛生等多種多様なものが含まれます。
憲法27条2項の「勤労条件に関する基準は、法律で定める」とする規定を受けて、労働基準法などにおいて、労働条件の最低基準が定められています。具体的には、労働条件は本来労使が対等の立場で決定することを原則とし、労働契約は、就業の実態に応じ、均衡を考慮し、また仕事と生活の調和にも配慮して締結されるべきものとされています(労働基準法2 条1項 、労働契約法3条)。
また使用者は、労働者を雇い入れる際その労働条件を明示することが義務付けられ、とくに賃金・労働時間など重要な労働条件については、書面を交付する必要があります(労働基準法15条)。パートタイム労働者については、労働基準法15条1項に定める事項のほか、昇給・退職手当・賞与の有無、相談窓口を明示しなければなりません。
労働協約や就業規則で定める基準を下回る労働条件を定める労働契約は、その部分が無効とされ、無効とされた部分については労働協約または就業規則の定める基準が労働条件となります(労働組合法16条、労働基準法93条、労働契約法12条、13条)。
労働災害労働災害とは、「労働者の就業に係る建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等により、又は作業行動その他業務に起因して、労働者が負傷し、疾病にかかり、又は死亡すること」をいいます。(労働安全衛生法2条1号 )。
労働災害は、使用者(事業主)の無過失責任として補償義務があります(労働基準法75〜88条)が、労災保険法または厚生労働省令で指定する法令に基づいて労働基準法の災害補償に相当する給付が行われるべきものである場合においては、使用者は、補償の責任を免れます(労働基準法84条)。(労災保険では労災を「業務災害」と呼びます。)
近時は、過労死や精神障害による自殺も、労働災害として労災保険給付の対象とされる裁判例が大幅に増加してきています。
労働法務を得意としている弁護士
トップへ
自治体が自殺した職員や在籍した職員の時間外勤務状況やパソコンの履歴の公開をしない理由