執行猶予

執行猶予とはどんな制度?期間中の生活や終了後についても解説
刑事事件の判決では、以下のように言い渡される場合がよくあります。
主文
被告人を懲役2年に処する。
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
このように、刑が言い渡されたからといってすぐに刑務所に入らなければならないとは限りません。ここでは、この「執行猶予」という制度について説明します。
執行猶予とは、罪を犯して判決で刑を言い渡された者が、指定した期間に刑事事件を起こさないで過ごした場合、その刑の言い渡しが将来にわたり効力を失い、刑に服さなくてもよい制度をいいます。ただし、「効力を失う」からといって刑の言い渡しの事実が消えるわけではありません。「被告人が罪を犯したから、●年の懲役をもって償いなさい。」と裁判所が判断結果を示したことは永久に残るのです。
執行猶予という制度は、刑法25条から27条の7までの条文で規定されています。執行猶予が付された判決のことを執行猶予付判決といいます。
では逆にこれに対し、執行猶予が付されていない場合はどうなるかといえば、懲役、禁錮、拘留などそれぞれの刑が実行されます。これは俗に「実刑」といわれ、その判決は実刑判決と呼ばれます。なお、拘留については、執行を猶予することができません。
執行猶予には保護観察が付く場合もあります。
また、執行猶予期間の経過によって刑の言い渡しの効力が将来的に消滅する結果、いわゆる(狭義の)前科にはならず、通常、「資格制限」(各々の法律により定める)も将来に向けてなくなります。ただし、将来に向けてなくなるだけなので、執行猶予付き刑の言渡しにより失った資格が当然に復活するわけではありません。
執行猶予は、いわゆる「情状」が認められる場合に、裁判所の裁量により採用されますが、期間は1年以上5年以下の範囲で指定され(刑法25条)、採用の条件は厳格に定められています。
(1)初犯の場合
:以前に禁錮以上の刑を受けたことがないか、あるいは禁錮以上の刑を受けたことがあっても刑の終了から5年以内に禁錮以上の刑に処せられていない場合
:刑が3年以下の懲役または禁錮もしくは50万円以下の罰金である場合
(2)再度の執行猶予
:前に禁錮以上の刑に処せられたがその執行を猶予されている者(保護観察に付されている場合はその保護観察期間内に更に罪を犯していない者であること)
:刑が1年以下の懲役または禁錮であるとき
規定の上では以上の通りですが、ただ実際には、罰金に執行猶予が付されることは実務上はほとんどなく、再度の執行猶予についても認められる事例は稀だといわれています。
執行猶予の要件は以上のとおりですが、実際の適用をめぐっては、裁判上様々に争われてきました。以下にその裁判例をいくつか列挙しましょう。
【実例1】祖父母が次女のもとから当時3歳の孫を自宅に連れ戻したという未成年者誘拐事件につき、祖父母両名をいずれも実刑に処した第1審判決を維持した控訴審判決の刑の量定が甚だしく不当であるとして破棄し、執行猶予が言い渡された事例。(平成18年10月12日最高裁判所判決)
【実例2】地方銀行の行員であった被告人が、定期預金として預け入れる名目で顧客3名から合計897万円を騙し取った詐欺などの事案につき、懲役3年・執行猶予5年が言い渡された事例。(平成18年8月25日/岡山地方裁判所倉敷支部判決)
※被害額が多い場合、通常は執行猶予が付かないのが通例ですが、多額の被害弁償がなされたことが考慮されて執行猶予が適用されました。
【実例3】食品会社の幹部職員であった被告人らが、同社取締役らと共謀し、国の牛海綿状脳症(BSE)施策の一環として策定・実施された牛肉在庫緊急保管対策事業を悪用して約2億円分の金員をだまし取った詐欺事件について、真摯な反省状況、懲戒解雇処分を受けていること等を考慮して、懲役2年・執行猶予3年の判決が言い渡された事例。(平成14年11月22日神戸地方裁判所判決)
【実例4】95歳の母親が、重度の知的障害を持つ63歳の息子の行く末を案じ同人を殺害して自殺しようと思い詰め、同人を絞殺したが本人は自殺を果たせなかった事案につき、第一審の実刑判決を破棄し、執行猶予を言い渡した事例。(平成10年10月1日/名古屋高等裁判所判決)
※控訴したからこそ、執行猶予を勝ち取ることができた例です。
【実例5】裁判所の勧めによりボランティア活動を行ったとしても、無免許運転を行ったことの危険性が除去あるいは減少したとはいえないことを理由に、この活動を有利な事情と判断して再度の執行猶予を認めた原判決を破棄し、実刑を言い渡した事例。(平成9年5月27日大阪高等裁判所判決)
施行猶予制度は何のため?
執行猶予は、再犯をしないことを条件に実質的に刑に服することを免除することによって、比較的刑期の短い犯罪者に国費をかけて刑罰を科さずに再犯を抑止する、という効果を狙っての制度だと言われています。初犯や軽い犯罪などに適用されることが多いのは、そのためです。
執行猶予中の生活で、できること・できないこと執行猶予期間中、いわゆる生活上の制限は、基本的にはありません。車の運転も、公務員になることも、海外渡航も可能です。ただ、次項で述べるとおり、新たに罪を犯すと、執行猶予は取り消され、刑に服することになりますから、それが唯一やってはいけないことといえますが、そもそも罪は誰でも犯してはいけないものであることは言うまでもありません。
執行猶予が取り消されるのはどんな時?以下の場合は、必ず執行猶予が取り消されます(刑法26条)。
(1)猶予期間中にさらに罪を犯して執行猶予がつかない禁錮以上の刑に処せられたとき。
(2)猶予の判決確定前に犯した罪について執行猶予がつかない禁錮以上の刑に処せられたとき。
(3)猶予の判決確定前に、他の罪について禁錮以上の刑に処せられたことが発覚したとき(ただし、刑法25条1項2号に該当する者及び26条の2第3号に該当するときを除く)。
また次の場合には、裁判所の裁量により執行猶予の言い渡しが取り消されることがあります(26条の2 =裁量的取消し)。
(4)猶予期間中にさらに罪を犯して罰金刑に処せられたとき。
(5)保護観察付きの執行猶予になった者が遵守事項を遵守せず、情状が重いとき。
(6)猶予の判決確定前に、他の罪について執行猶予付きの禁錮以上の刑に処せられたことが発覚したとき。
上記の具体例は多岐にわたりますが、最も多い事例は交通事故違反を犯した場合だという説があります。たしかに、スピード違反や酒気帯び運転、人身事故などを犯したら、確実かもしれません。
ただ、再犯を犯したのに再度執行猶予を付した例もあります。神戸地裁平成28年4月12日判決は、窃盗罪により懲役10か月に処せられ3年間の執行を猶予されていた者が、スーパーでリンゴなど5点(797円相当)を窃取した事件について、前頭側頭型認知症を患い、その症状のひとつとして衝動を抑制しづらい状態にあったことなどを理由に、懲役刑の執行を再度猶予され、保護観察に付されました。
執行猶予の付与率実際に、罪全体に対して執行猶予が付される確率はどれくらいなのでしょうか。
犯罪白書平成27年版によれば、懲役・禁錮の2年以上3年以下の場合:52%、1年以上2年未満:68%、6カ月以上1年未満68%、6カ月未満64%となっています。これを高率と感じるか、低率と感じるかは人それぞれですが、軽罪の6割以上が施行猶予になることは間違いありません。
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