高齢者虐待

介護の現場で起こりがちな高齢者虐待。その防止のための法律と対応は?
家庭でお年寄りを介護しているとつい辛くあたってしまう。イライラをぶつけてしまう。こうした行動に心当たりはありませんか?そんなときぜひ知って欲しいのが、高齢者虐待の問題です。
日本が高齢化社会を迎えたことで、高齢者の介護が大きな問題とされてきましたが、それとともに介護の現場で繰り返される高齢者虐待の問題も深刻さを増しました。高齢者は家庭という狭い場所で虐待を受けるため、なかなか外部に被害を訴えられずに、極めて深刻な事態に至ってしまうことが多いのです。
そこで今回は、高齢者虐待について法律でどう対応できるか、考えてみたいと思います。
高齢者虐待とはまず、高齢者虐待がどんなものか、詳しく解説しましょう。
高齢者虐待とは
高齢者虐待とは、家族や親族、介護従事者などが高齢者を虐待することをいいます。
高齢者にとって、もっとも身近な立場の者が加害者となって、高齢者の人間としての尊厳を損なうような行為に走ってしまうことがあります。
高齢者は身体が弱く、時には認知症などを患っているため、どうしても弱い立場に置かれてしまいます。繰り返し虐待を受けていても、被害を外部に訴えづらく、また外部の人間からも被害を発見されにくくなっています。外部が被害を認識したときには、既に高齢者の生命にも危険が迫る重大な事態に至っていて、命を落とすことさえあります。これが高齢者虐待の大きな特徴です。
高齢者虐待のさまざまな行為
高齢者虐待には、さまざまな種類の行為がありますが、よく起こりがちなのは次のような虐待行為です。
- 身体的虐待 殴る蹴るなどの暴力的行為、外部との接触を遮断する行為
- 心理的虐待 脅しや侮辱、無視、嫌がらせなどで精神的な苦痛を与える
- 性的虐待 本人の同意なしに性的な行為をしたり、性的な行為をさせる
- 経済的虐待 高齢者の財産や年金を勝手に使う、お金を使わせない嫌がらせ
- 放置・放任の虐待 介護や世話を放棄・放任して劣悪な環境で放置する行為
虐待行為は多くの場合繰り返し行われますが、家族の何気ない行為が高齢者に思わぬ精神的負担を掛けていたり、些細な行為が次第にエスカレートするときもあります。
高齢者虐待の背景にあるもの
高齢者虐待は様々な要因が重なって発生するため、家族の介護や状況によっては誰もが加害者になりうるという危険をはらんでいます。
加害者の性格が要因で虐待が起こるケースもありますが、一見ごく普通の人でも介護に一生懸命になるあまり精神的に追い込まれて虐待に走るというように、介護ストレスが要因のケースもよく見られます。
高齢者が認知症のために言動が混乱し、徘徊などの異常行動を繰り返すと、家族は多大なストレスを受けて疲れ果ててしまいます。また、家族の間で長年続いて来た感情的なわだかまりが、高齢者の病気を機に一気に高じ、虐待を招いてしまうこともあります。
そして虐待は、高齢者と家族が地域から孤立しているという社会的要因によっても起こります。
高齢者の介護は非常にデリケートな問題なので、家族はただでさえ外部に相談しづらいと感じます。とくに都市部などでは近隣との付き合いが少ないため、家族が介護ストレスを抱えても誰にも相談できず、周囲も気づかないまま虐待が起こり、歯止めもなく繰り返されるケースもしばしば見られます。
高齢者虐待を防止するためには、高齢者とその家族のケアを行うだけでなく、家族を取り巻く地域の環境や、被害の解決していく仕組みも整備していく必要があります。
法律でどう防ぐのか
2005年に「高齢者虐待の防止、高齢者の擁護者に対する支援等に関する法律」が制定されました。これは相次いで起こった高齢者虐待の防止と早期発見と、介護する者の負担の軽減などを目的とした法律です。
以前は、市区町村の福祉担当者が家庭内に立ち入ることは困難でした。しかしこの法律により、市民の通報などによって積極的に虐待防止の措置を講じ、家庭内への立ち入り調査、質問等を行い、高齢者を積極的に保護することが可能になりました。
その他にも、市区町村を中心として相談窓口が整備され、家庭裁判所への後見開始審判の申立、警察との連携など、高齢者虐待を防止する仕組みが整備されています。
では、家族が高齢者を虐待しないようにするには、どのように注意すればよいでしょうか。
高齢者への接し方に注意を払うことが大事
高齢者虐待は、はっきり目に見える行為から始まるとは限りません。家族が自分でも自覚できない些細な行為が積み重なったり、良かれと思ってした何気ない行為が高齢者に負担を与え続け、結果として虐待に至るという場合もあります。
たとえば、家族が夜の排尿を心配して水分を控えさせたところ高齢者が脱水症状を起こして生命の危険が生じた、何度も同じことを言われたのでつい怒ってしまった、徘徊や怪我を心配して身体を拘束してしまった、というケースがしばしば見られます。適切な介護の方法を取れなかったために、高齢者の身体状況を悪くしていたなどのケースもあります。
こうした日常的な出来事にまつわる行為は、家族が自分1人だけで防止するのは難しいかもしれません。自分が加害者になったと自覚できたときには、既に高齢者は心身に深い傷を負っていることもあるでしょう。
高齢者虐待は、家庭という狭い場所で被害が高じていきます。自分が被害者にならないためには、どんなに小さな疑問や心配事でも第三者や専門家の意見を聞いたり、相談をすることによって、1人だけでストレスを抱え込まないことが大切です。
心配なときは行政に相談を
行政では、法律の整備などもあって高齢者虐待の相談窓口が整備されています。
市区町村の地域包括支援センターと市区町村役所内に、高齢者虐待対応窓口が設置され、専門の通報・届出などを受け付けています。第三者に相談することで、高齢者の介護やケアについて指導や助言を受け、家族の負担を軽減したり、高齢者を短期間養護してもらえる施設の確保を受けることもできます。
介護の負担を軽くすることで、介護ストレスを減らし、高齢者虐待の加害者になる事態を未然に防ぐことにもつながるでしょう。
高齢者虐待を発見したら、ぜひ行政に通報・相談を
最近、近所のお年寄りの様子がおかしい、虐待を受けているようだ、と他の家庭での高齢者虐待に気づくこともあるでしょう。しかし家族や親戚でもない以上、直接高齢者の力になることは難しく、歯がゆく思うこともあるでしょう。
しかし現在では、第三者からの通報や相談にも行政が対応する仕組みが整えられています。高齢者虐待を発見したときは、市区町村または地域包括支援センターの高齢者虐待対応窓口が通報や相談を受け付けます。高齢者の安全確認や事実確認、情報収集を行い、立ち入り調査や緊急事態の対応、高齢者と家族への助言や支援を行っていきます。
たとえ第三者から連絡しても、相談窓口の担当者は秘密を守り、本人達に誰からの通報・相談かを知られないように対応します。また、連絡には虐待の証拠なども不要で、第三者が虐待の「おそれ」があると思った時点から通報・相談が可能です。
こんな高齢者に気づいたときは相談を
虐待かも、と思っても、どんなときに行政に相談したらいいか、迷うこともあると思います。
たとえば東京都では、次のようなときに高齢者虐待が疑われるとして、情報提供を求めています。
高齢者自身が暴力を受けている、どなられる、年金を取られると訴えていたり、あざや傷があるのに理由を何も言わない、家族が介護でとても疲れ高齢者の悪口を言っている、一人暮らしや高齢夫婦が姿を見かけなくなった、家の周囲にゴミが放置されたり異臭がする、家から怒鳴り声や泣き声、大きな物音がする、などの場合です。
高齢者虐待は、周囲の人間が気づいてあげることが何よりも大切です。行政が早めの対応を行えば、被害を未然に防ぐことも、高齢者や家族を救うこともできます。虐待に気づいたときは、迷わずすぐに行政に相談しましょう。
介護職員、施設による虐待の問題高齢者虐待は、家族だけでなく、介護職員や施設全体で行われていることもあります。
ただ、高齢者を施設に預けている家族は、虐待の事実になかなか気づけないことも多いようです。
介護の現場での虐待事例
介護の現場でも、前に触れたような身体的虐待、心理的虐待などの事例が見られます。
介護職員によるこうした虐待の背景にも、過酷な介護の仕事や待遇の悪さによるストレスが遠因になっているとも言われています。
とくに介護の現場でしばしば問題となるのは、高齢者の身体拘束の問題です。
介護の現場では、緊急やむを得ない場合を除いて、身体拘束は禁止されています。しかし怪我の防止や認知症による徘徊を防止するために、しばしば介護施設で行われているのが現状のようです。
身体拘束に該当するのは、次のような行為です。
- ベルトや柵、ひも等によって行動を制限する
- 介護衣(つなぎ服)やミトン型手袋を着けさせる
- 立ち上がりを妨げる形の椅子に座らせる
- 鍵付きの部屋などに隔離する
- 向精神薬などの薬を過剰に服用させる
相談窓口や対処方法は?
もし介護施設で家族がこのような虐待を受けているおそれがあるときは、すぐに対処をする必要があります。家族による虐待のケースと同じく、市区町村や地域包括支援センターで相談窓口が設置されているので、通報・相談をしておきましょう。
身体拘束のような身体的虐待、心理的虐待など、介護の現場で被害を受けたときは、1日も早く高齢者の被害を回復する必要があります。被害を受けた事実は不法行為(民法709条)にあたるため、損害賠償請求により治療費や精神的苦痛を受けた慰謝料請求することも可能です。
高齢者虐待の問題は、高齢者を介護する加害者個人だけの責任を追及して解決できる問題ではありません。加害者になった家族には、介護ストレスの辛さや苦しみを感じながらはけ口を見つけたように虐待に及ぶという悪循環が起こっています。介護職員による虐待にも、介護ストレスや待遇の悪さなどが遠因になっています。家庭や介護施設などの狭い空間でひたすら高齢者を介護する立場にある人の負担が軽くならなければ、なかなか高齢者虐待は減らないでしょう。
ただ、第三者の目というのは、抑制できない行為の歯止めにすることができます。自分の虐待が心配な時、施設での虐待が心配な時にも、近所の住民や行政などの第三者に助言を求めたり、相談をすることで、解決に近づくことができます。誰かの助けを求める道は、いつでも残されているのです。
参考コンテンツ:
高齢者虐待にあたる行為とは?
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