認知症の人が遺言を残す場合の注意点は?遺言能力について
[投稿日] 2021年01月10日 [最終更新日] 2021年01月10日
有効な遺言を残す際には、民法に定められた要件に従う必要があります。
遺言を有効たらしめるための要件の一つが、「遺言能力」です。
遺言者の遺言能力について疑義が生じると、相続人同士の紛争の原因になってしまいますので、あらかじめ対策を施しておくことが大切です。
この記事では、遺言を残す際に必要となる遺言能力について解説します。
1. 有効な遺言を残すには遺言能力が必要一般的な法律行為が有効かどうかを判断する際には、「意思能力」や「行為能力」が問題となります。
しかし遺言は、人生の終わりの段階で効果を生じる特殊な法律行為です。
そのため、一般的な法律行為に関するルールとは異なり、特別に「遺言能力」に関するルールが定められています。
遺言能力とは、自ら作成した遺言の内容とその結果を弁識するに足る意思能力をいいます。
遺言は、自らの有する財産を後世に譲り渡すことを主な内容とします。
そのため、遺言者本人の真の意思に基づいて作成されることが必要です。
しかし、遺言者本人の意思能力が欠如していることに乗じて、遺言について利害関係を持つ相続人が、自分に都合の良いように遺言を作成させてしまう問題事例がしばしば発生します。
そのため民法上は、遺言者に遺言能力がない場合、遺言の効力自体を否定することとされたのです。
遺言能力が認められるには、遺言当時において15歳以上であることが必要です(民法961条)。
現行民法の下では、一般的な法律行為を単独で有効に行えるようになるのは、20歳(成年)になってからです(民法5条1項本文)。
これに比べると、遺言を行うことができるようになる年齢のボーダーラインは、低めに設定されていることがわかります。
遺言は人生における最後の意思表示であるため、遺言者本人の自己決定を尊重すべきと考えられていることから、一般的な法律行為よりも緩和された年齢要件が設けられているのです。
1-3. 遺言能力の有無に関するその他の考慮要素は?遺言者の年齢が15歳以上であっても、遺言の内容・結果を弁識するに足る意思能力がなければ、遺言能力は認められません。
遺言能力の有無は、主に以下の考慮要素を総合的に考慮して判断されます。
①遺言当時の遺言者の年齢
遺言当時にきわめて高齢である場合には、遺言能力が認められにくくなります。
②遺言者の心身の状態
認知症などの精神障害を患っている場合や、重度の身体的障害を患っていて、遺言に関する意思表示をまともに行える状態にないとみられる場合には、遺言能力が認められにくくなります。
③遺言当時・前後の言動
遺言当時に近接した時期の言動に筋が通っていれば、遺言当時において意思能力があったことを窺わせることとなり、遺言能力が認められやすくなります。
④遺言書以外の資料と遺言内容の整合性
遺言書以外の別の資料から、遺言者が遺言書どおりの内容で財産を贈与する意思を持っていたことがわかる場合には、遺言能力が認めやすくなります。
⑤遺言者と受遺者の関係性
遺言者とは疎遠だったはずの親族に高額の財産を贈与する内容の遺言が作成されている場合などには、遺言者の真の意思によって遺言が作成されたかどうか疑わしいでしょう。
このような場合には、遺言能力が認められにくくなります。
⑥遺言自体の内容の整合性
遺言書の文章が乱雑・稚拙・多くの部分で矛盾しているなどの事情があった場合、遺言能力が認められにくくなります。
遺言者の遺言能力に疑義が生じた場合、相続人同士の紛争の火種になってしまいます。
具体的な問題点やトラブルの概要は、以下のとおりです。
2-1. 遺言の無効・遺産分割協議のやり直し遺言者に遺言能力のない状態で作成された遺言は、法律上無効になってしまいます。
この場合、遺言が一切存在しない状態になるため、すべての相続財産の配分を遺産分割協議によって決めるしかなくなります。
特に相続人が多いケースや、多額の相続財産が存在するケースなどでは、遺産分割協議を円滑にまとめることは容易ではありません。
2-2. 親族同士の感情的な対立残された遺言について遺言能力が否定された後の遺産分割協議では、必ずしも論点が整理された交渉が展開されるとは限りません。
たとえば、
・(遺言能力が否定されたにもかかわらず)遺言書に記載されている被相続人の意思を尊重すべきだと主張する人
・(法定相続分や遺留分を無視して)親不孝だった子どもに対しては財産を一切与えるべきではないと主張する人
・自分の都合だけを主張し、他の相続人の言い分を全く聞かない人
など、それぞれが勝手な立場で感情的に言いたいことを言ってしまうと、遺産分割協議がまとまる見込みがなくなってしまいます。
3. 遺言能力が否定されることを防ぐための対処法は?上記の各問題点は、すべて遺言能力が否定され、遺言が無効となったことに起因するものです。
紛争防止のためには、遺言能力が否定されることがないように、また他の相続人から遺言の無効を主張された際にきちんと反論できるように、以下の対策を取っておきましょう。
3-1. 遺言書が作成された状況を記録しておく遺言能力の有無は、遺言当時を基準として判断されます。
そのため、遺言が作成される前後の事情や、実際に遺言書を作成した際の状況などに関する証拠や間接事実を積み重ねて、遺言者が遺言当時、遺言能力を保持していたことを説得的に論証できるようにしなければなりません。
遺言能力があることを示す証拠資料の例としては、以下のものが挙げられます。
・遺言前後の時期に遺言者本人が作成した文章
・遺言前後の時期の遺言者が生活する様子を撮影した動画
・周囲の親族が作成した、遺言前後の時期における遺言者の生活に関する日記
・遺言前後の時期に作成された医師の診断書
など
これから遺言書を作成しようとする場合、後に遺言能力が争われる可能性があることを踏まえて、上記の各証拠を意識的に作成・収集しておくことをお勧めいたします。
3-2. 公正証書遺言を作成する遺言能力についての紛争が生じる可能性を減らすには、遺言書を公正証書の方式で作成しておくことも有効です。
公正証書遺言を作成する場合、法律の専門家である公証人により、遺言の要件が客観的な視点からチェックされます。
公正証書遺言による場合でも、遺言能力があることが完全に保証されるわけではありませんが、少なくとも自筆証書遺言の場合よりは、遺言能力について疑義が生じるケースは少なくなります。
公正証書遺言は、遺言能力以外にも、遺言に関して満たすべき法令上の各要件について慎重なチェックが行われます。
したがって、総じて遺言の有効性が高い信頼性をもって確保されることが公正証書遺言のメリットといえるでしょう。
遺言書を作成する場合、後から遺言の有効性が争われることがないように、遺言当時に遺言能力があったことを証明できるようにしておく必要があります。
特に認知症などを患っている方が遺言を作成する場合、遺言能力に関する紛争が生じる可能性が高いので、十分に注意しましょう。
遺言能力の有無は、さまざまな要素を考慮して総合的に判断されます。
そのため、遺言能力を証明するための十分な事実・証拠が揃っているかどうかを、法的な観点から慎重にチェックすることが大切です。
法的に有効な遺言を確実に作成したいとお考えの方は、一度弁護士にご相談ください。
更新時の情報をもとに執筆しています。適法性については自身で確認のうえ、ご活用ください。
問題は解決しましたか?
弁護士を検索して問い合わせる
弁護士Q&Aに質問を投稿する
遺言の種類(自筆証書遺言・公正証書遺言)を得意としている弁護士
トップへ
遺言の種類(自筆証書遺言・公正証書遺言)2020年09月15日
引き続き自筆証書遺言の見直しについてのお話です。 今回は、自筆証書遺言につ...
田中 友一郎 弁護士
天神南法律事務所遺言の種類(自筆証書遺言・公正証書遺言)2019年03月11日
相続法の改正で、自筆証書遺言を保管する制度が創設されました。 「法務局にお...
梅村 正和 弁護士
リアルバリュー法律事務所遺言の種類(自筆証書遺言・公正証書遺言)2018年06月18日
存命ではあるが高齢である人は、この高齢化社会では多くいらっしゃいます。この...
松村 智之 弁護士
松村法律事務所