【弁護士に聞く】相続放棄できないケースとその対策
[投稿日] 2018年08月14日 [最終更新日] 2018年08月14日
相続放棄・限定承認を得意としている弁護士
久保 陽一 弁護士 大阪府
スター綜合法律事務所高木 篤夫 弁護士 東京都
ひかり総合法律事務所相続というと預貯金や不動産といったプラスの財産と思われがちです。
ですが実際は借金などのマイナスの財産も、相続の対象なのです。
親の死後に「家族の知らない借金が見つかった」「多額の請求書が届いた」といったケースは珍しくありません。
借金を相続してしまうと、相続人の生活が苦しくなったり、破産したりしてしまう可能性もあります。
そこでよく使われるのが、借金も含めて相続を全くしないという相続放棄です。
ただし相続放棄はどんな状況でも利用できるわけではありません。
きちんと条件を把握していなければ、いざ利用しようとしても認められない可能性があります。
そこで今回は相続放棄が使えなくなってしまうケースについて、井口・中城総合法律事務所の井口多喜男弁護士にお話をお伺いしました。
(井口・中城総合法律事務所)
遺産分割などの相続案件も得意とする弁護士歴40年以上のベテラン。明るい人柄で、親身になって話を聞くスタイルが好評。
――そもそも相続放棄とはどんなときに使われるのでしょうか?また、放棄するとどうなりますか?
井口 弁護士
相続放棄はプラスの財産よりもマイナスの財産が多い、債務超過の時に使われます。
相続人であれば誰でも利用することができますよ。
相続放棄をすることで相続人ではなくなるため、借金を相続せずに済みます。
――相続放棄はどうやって手続きすればいいのですか?
井口 弁護士
家庭裁判所に申述書を提出して「相続人として遺産を相続しない」という意思を表明します。
表明後、家庭裁判所から「相続放棄申述受理証明書」を受け取ってください。これで相続人ではなくなります。
――借金がどれくらいあるのか、プラスとマイナスのどちらの財産の方が多いのかわからない場合にはどうしたらいいですか?
井口 弁護士
まず相続財産を調査するために「熟慮期間の伸長」の申請をして、調査します。
この場合には専門家と相談することを勧めます。
それでもわからない場合は、状況によって限定承認という方法が考えられます。
なお、限定承認というのはプラスもマイナスも全て放棄する相続放棄とは違い、プラスの財産の範囲内で借金を負担すればいいという制度です。
ただし相続人全員の合意が必要です。
――マイナスの遺産の方が多くても、放棄せずに承認しても構わないですか?
井口 弁護士
はい。それは大丈夫な場合もあります。
例えば、遺産の中に今後値上がりが見込まれる株や不動産がある場合や、自分の財産からマイナス財産を補充してもかまわない場合などは、相続放棄せずに保有しておくことは考えられますね。
ただ、「借金の返済額」や「値上がりが短期間かどうか」など、状況を正確に判断でき自分の生活に支障を生じさせない状況にあることが必要だと思います。
――相続放棄は、いつでもどんな状況でもできるんですか?
井口 弁護士
いえ、相続放棄には決まりがあって、相続放棄ができないこともあります。
民法921条に規定されている次の3つのうちどれかをしてしまうと、原則的には借金も含めて相続を承認したとみなされてしまいます。
- 相続人が財産の全部または一部を処分した
- 3ヶ月の熟慮期間内に手続きをしなかった
- 相続放棄または限定承認をした後でも、金員又は一部の相続財産を隠したり私的に消費したり悪意で財産目録に載せなかったりした
- 相続放棄をすると資産も借金も相続をしないことになる。
- プラスとマイナスどちらの財産の方が多いかわからない場合や、マイナスが少し多いくらいの場合は、限定承認という手段もある。
- 相続放棄には要件があり、定められた3つのケースに当てはまる場合には利用できない。
――「①財産を全部または一部を処分した」とみなされるのはどんなときですか?
井口 弁護士
不動産や動産を第三者に譲渡したり、株式を売却したり、預金を解約したりしたケースですね。
被相続人の葬儀費用として財産を使った場合は、問題ないとされています。
ただし高額になりすぎると相続を承認したとみなされてしまうかもしれないので、気をつけてください。
――借金に対する請求書が来たらどうすればいいですか?「すぐに払わないと」と焦ってしまいそうです。
井口 弁護士
資産を調査して、相続放棄をしなくても大丈夫と判断できるのであれば支払っても大丈夫です。
ただ、そもそもそれがどんな内容の借金であるのかは、わからないかもしれません。
むやみに払わない方がいいと思います。
- 財産に手をつけてしまうと相続を受け入れたとみなされ、もう相続放棄はできなくなる。
- ただし常識の範囲内の葬儀費用であれば大丈夫。
- 借金の請求書がきた場合はすぐに支払わず、まずは資産の調査をしよう。
――「②3ヶ月の熟慮期間内に手続きしなかった」についてですが、相続放棄には手続きの期間があるのですか?
井口 弁護士
はい。相続開始を知った日から3ヶ月です。
ですが3ヶ月の間にどのくらいの遺産があるのか、調査が全て終わらないこともあると思います。
その場合には、家庭裁判所に期間の伸長を申請することができます。
――もし単純に手続きを忘れていた場合には、どうにもなりませんか?
井口 弁護士
アウトですね。
相続放棄の期間伸長ができることを知らない人が多い気がします。
期間が迫っている場合は、まずは伸長の申立をするようにしてください。
――伸長の手続きは素人でもすぐにできますか?
井口 弁護士
基本的にはできますよ。
ですが伸長を求める理由を裁判所にわかりやすく伝えるには、申立書の書き方に気をつけなければいけません。
専門家に相談することをおすすめします。
- 相続放棄の手続き期間は3ヶ月。忘れて過ぎてしまうとどうにもならない。
- 伸長も可能なので、弁護士に相談して書き方を教えてもらい、早めに伸長申請をした方がよい。
――「③財産を隠していた」というのはどんなケースですか?
井口 弁護士
財産があることを知っていたのに、わざと所在を不明にしたという場合です。
他の相続人が知らない財産について、財産目録に載せずに相続放棄の手続きをし、後で自分だけでこっそり売却するといった場合などが考えられます。
まあ、常識的に見てもおかしいですよね。
――その場合、相続放棄が取り消されるのですか?
井口 弁護士
いえ、相続放棄の取り消しというよりも、プラスもマイナスも含めて相続を受け入れる単純承認をしたものとして扱われます。
- 悪意を持って財産を隠し、後で自分だけが旨味を得ることは認められない。
- 借金を含めて相続を受け入れた単純承認とみなされる。
――相続放棄をするメリットとデメリットを教えてください。
井口 弁護士
最大のメリットは、やはり借金から解放されるということですね。
一方でデメリットは、相続放棄をした後に新たにプラスの財産が見つかった場合に面倒なことになるという点です。
――もし相続放棄した後に多額の資産が見つかった場合には、もう相続できないのでしょうか?
井口 弁護士
相続放棄の錯誤(事実と認識が一致しないこと)による無効ということが一応考えられます。
ただし錯誤無効はそう簡単には認められません。
もしプラスとマイナスどちらが多いのかわからないのであれば、安易に放棄せず、調査のため期間の伸長を家庭裁判所に申し入れし、専門家を含めて調査をすることをお勧めします。
――ところで、相続放棄は個人でもできますか?専門家に相談すべきでしょうか?
井口 弁護士
明らかな債務超過の場合は、自分でも進めることはできます。ただ相続放棄をする理由をきちんと書面に書かなければいけません。
また放棄の申述をした後、必ず当事者に家庭裁判所の調査が入ります。
その際には債務の詳細を特定していなければいけないので、専門家の意見を参考にすることも必要だと思います。
――相続放棄を一人で判断して進めるのは、ちょっと危うい面があるのですね。
井口 弁護士
そうですね。中にはよく調べずに「債務超過だ」と思い込み、なんとなく相続放棄をしてしまう方もいます。
ですが安易に決めてしまう前に、まずは弁護士と一緒に遺産を調べ、本当に放棄をすべきかを判断した方がいいと思います。
- 相続放棄をすれば借金からは解放されるが、きちんとプラスとマイナスの財産を調べておかないと、後で不利益を被る可能性がある。
- 思い込みで判断せず、遺産をしっかりと調べて事実に基づいて放棄するかを決めるべき。
借金を相続せずに済む相続放棄は、相続人にとっては非常に助かる制度ではありますが、利用には制限があります。
むやみに遺産を使ったり、きちんと期限内に手続きしなかったり、悪意を持って財産を隠したりすると、相続放棄はできなくなってしまいます。
まずは弁護士と一緒に遺産の内容をしっかりと調べ、本当に相続放棄をした方がいいのか判断しましょう。
期間内に決められない場合には、延長もできます。
なんとなくで相続を承認または放棄を決めてしまうと、後で資産や借金が見つかることもよくあるので、気をつけてください。
更新時の情報をもとに執筆しています。適法性については自身で確認のうえ、ご活用ください。
問題は解決しましたか?
弁護士を検索して問い合わせる
弁護士Q&Aに質問を投稿する
相続放棄・限定承認を得意としている弁護士
トップへ
井口 多喜男 弁護士 (井口・中城総合法律事務所)
依頼者に寄り添い、親切・丁寧をモットーに皆様にとっての最適な解決を目指します。