
裁判―その他の法的手続
第1 公正証書
よく公正証書を作成しておけば、紛争を未然に防止することができるといわれます。では、公正証書とはどのようなもので、どのように有益なのかを見ていき、その作成手続について説明をすることにします。
2 公証役場・公証人公証人が執務している場所を公証役場又は公証人役場といいます。公証人は、法律実務家の中から法務大臣が任命する公務員で、その多くは検察官、裁判官であった人です。公証人は、公正証書を作成し、私署証書(私文書での契約書などのことです)や会社等の定款に対する認証の付与、私署証書に対する確定日付の付与という仕事を行います。ここでは、もっとも身近な公正証書作成について説明をしていきたいと思います。
3 公正証書公正証書は、公証人が各種法律にしたがって作成する公文書のことをいいます。遺言公正証書、金銭消費貸借契約公正証書、不動産賃貸契約公正証書、離婚に際しての協議内容についての公正証書が代表的なものです。
証明力
遺言や各種契約書は、当事者が私文書として作成することももちろん可能ですが、これらを公文書である公正証書とすることで、その内容について高い証明力が認められます。
例えば、債務者Aさんと債権者Bさんとの間で、今日現在100万円の債務があることを確認するといったような書面が作成されたとします。ところが、後日になって、Aさんが、債務は100万円もない、その書面に無理矢理署名押印させられたと主張することもあります。そんなとき、公証人が立ち会い、その内容に間違いがないことを当事者双方に確認した上で作成された公正証書があれば、Aさんの言い分はほとんど認められません。これは公正証書に高い証明力があるからで、紛争を未然に防止するという有益性があります。
強制執行
公正証書の有益性の一番は、公正証書をもって強制執行ができることです。強制執行を前提とする金銭消費貸借契約、賃貸借契約、離婚の際の養育費の取り決めで有用です。
先の例で、債務者のAさんが返済期日になっても借金を返さない場合、債権者のBさんがAさんの財産に強制執行しようとするときは、私文書での借用書しかなければ、裁判所に提訴して、勝訴判決を得て、この勝訴判決に基づいてAさんの財産に強制執行をするという流れになります。
この方法は、裁判という手間がかかりますし、裁判が長期にわたった場合、その間にAさんが財産を隠匿してしまって、強制執行が困難になるというデメリットがあります。
ところが、公正証書を作成し、かつその条項中に「私(Aさん)が期日になっても、借金を返済しない場合には、Bさんが私の財産に対して強制執行をすることを認めます」といった内容の「強制執行認諾文言」を入れることによって、先に述べたような裁判を経由することなく、BさんはAさんの財産に対して強制執行をすることができるのです。
ここでの注意点は、「強制執行認諾文言」を入れることです。この文言がなければ、公正証書だといっても、直ちに強制執行をすることができるものではないからです。
この強制執行認諾は、金銭債権にだけ許されていて、例えば、動産を貸すという契約を公正証書にして、期日に動産を返還しない場合には、強制執行されることを認諾するということには利用できません。
債務が60万円の場合
AさんのBさんに対する借金が60万円以下の場合はどうでしょうか。もちろん、この場合でも強制執行認諾文言の入った公正証書を作成することはできます。ただ、証明力の点は除いて強制執行だけを考えると、公正証書にする有用性はあまりないといってもよいでしょう。
先に見ましたように、裁判という手間や裁判の長期化を避けるというところに、強制執行認諾文言の入った公正証書の利点があるわけです。ところが、借金額が60万円以下の場合、後で説明をします少額訴訟制度を利用することができます。この少額訴訟は、訴状の書き方なども裁判所職員が丁寧に教えてくれますし、1回の裁判で判決が出されます。ですから、あえて公正証書にしなくても、裁判の手間や裁判の長期化によるデメリットがあまりないのです。公正証書にしようかどうしようかという分岐点となるところです。少額訴訟については、後で詳しく説明をします。
4 作成手続Aさんに100万円を貸し付けているBさんが、その契約内容を公正証書とする場合の具体的手続について説明をしていきます。
準備段階
AさんとBさんとの間で、契約内容を記載した書面を作っておき、この内容で公正証書を作成することを確認しておいてください。
また、双方の印鑑証明書をとっておきましょう。認印でもよいのですが、通常は印鑑証明と実印で進めていくことが多いのです。
公証人との準備
公証人に金銭消費貸借契約書を公正証書で作成したい旨を伝えます(電話でOKです)。公証人から、契約内容の確認などがありますので、ファックス番号を聞いて、先に作成しておいた契約内容記載書面と印鑑証明書2通を送信します。公証人が契約内容を確認して、修正すべき点があったならば、その点を指摘されます。修正点があったときは、Bさんと再度修正点を確認してください。
作成当日
AさんとBさんの二人で、実印と印鑑証明書を持参の上、公証役場に赴きます。代理人でもよいのですが、その際Aさんの代理人がBさんの代理人を兼ねることはできませんから、Bさんは別の代理人をつける必要があります。この場合代理人に対する委任状が必要となります。
公証人から、契約内容の読み上げが行われ、内容に間違いのないことを確認して、末尾に署名押印をします。さらに公証人も署名押印して公正証書が完成します。
AさんとBさんが署名押印した公正証書は原本として公証役場で20年間保管され、貸主のBさんにはその写しである「正本」が、借主であるAさんには「謄本」という写しが、それぞれ交付されます。
Aさんが所有するアパートの一室をBさんに賃貸していたのですが、家賃の未払状態が続き、AさんとBさんは、滞納家賃は免除すること、1か月後に部屋を明け渡すことを合意しました。しかし、上記のように、公正証書の強制執行認諾は金銭債権だけにしか利用できませんので、期日にBさんが明け渡さないときに、公正証書を部屋の明渡しについての強制執行には利用することができません。このような場合には、物の引渡しについての強制執行が可能な制度として即決和解というものがあります。
「和解」という言葉が使用されていることからも分かるように、即決和解は、当事者間で紛争があったことを前提として(ですから単に契約内容を即決和解とすることはできません)、和解が成立した場合に、それを簡易裁判所の和解調書としてもらうものです。
相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に申立をすることになりますが、当事者双方の合意で管轄裁判所を決めることもでき、この方法が多く利用されています。申立をしますと、おおよそ1か月先くらいに期日が入り、当事者双方が出頭しなければなりません。ですから、一方が出頭しないような場合には、即決和解を利用することはできません。
なお、和解内容としては、和解成立日(即決和解成立日ではありません)から1週間以内に物を返還するということもあります。この場合、即決和解の期日が1か月先では、強制執行に関する限り、ほとんど意味がありません。このような場合には、合意管轄をして、東京であれば関東付近のすいていそうな簡易裁判所を探しだして、そこで即決和解をするということもよく行われています。
参考コンテンツ:
公正証書のメリットと、作成するべきケース
公正証書を作るにはいくらかかる?
公正証書の内容を公証人はチェックしてくれるの?
第2 法テラス
総合法律支援法に基づいて設立された、法務省が所管する公的法人である日本司法支援センターのことを法テラスといいます。法テラスの行う業務内容は、支援法に定められていて、情報提供業務、民事法律扶助業務、国選弁護等関連業務、犯罪被害者支援業務、司法過疎対策業務を行います。それぞれの業務内容について説明していきます。
2 情報提供業務これは道案内業務といわれるものです。例えば、Aさんが交通事故にあって、誰に相談をしてどのように解決してよいのか分からないような場合とか、将来所有している土地を売却しようと考えているのですが売買にあたっての注意点が分からないといったように、法的なトラブルを現に抱えている人や将来的なトラブルを避けるための情報を身につけておきたいという人に対して、弁護士会の交通事故紛争処理センターを紹介するとか、司法書士会を紹介するといったような道案内をしてくれます。
法テラスのコールセンターへ電話をしたり、近所の法テラスに電話をしたり窓口を訪ねたりし、さらにはメールで道案内を依頼することもできます。
この道案内は無料となっています。
この業務がもっとも利用されているものではないかと思われます。
交通事故にあったAさんが相手方の損保会社と交渉をしていたのですが話合いで解決することができず、Aさんは弁護士を代理人として裁判を起こすしかないという状態にあるとして、Aさんに弁護士費用がないといったこともしばしばあります。だからといって、損保会社のいいなりというわけにはいきません。
そこで、経済的に余裕がない人Aさんに対して、無料で法律相談を行ったり、弁護士や司法書士の費用の立替を行う必要があり、これが民事法律扶助業務といわれるものです。
これは経済的弱者を保護しようとするものですから、扶助を受けるためには、無料である法律相談を除いて、月収が一定額以下、保有財産が一定額以下といった要件が必要となります(経済的要件の詳細は法テラスでお聞きください)。
弁護士費用の立替業務は代理援助と言われ、Aさんが500万円の請求をしたいという場合には、合計で25万1000円の立替がなされます。
また、裁判所に対して提出する書類の作成を弁護士や司法書士に依頼する書類作成援助は、訴状の場合合計4万2000円、自己破産申立書の場合10万4000円の立替がなされます(平成28年現在・その他詳細については、法テラスにご確認ください)。
次に民事法律扶助を受けるための手続を説明します。
まずは、無料の法律相談を受けることから始まります。この相談では、具体的な相談をし、さらに先に説明をした経済的要件があるかどうかの調査がなされます。また、相談が民事法律扶助の趣旨に適しているかどうか、勝訴の見込みがないとはいえないかどうかの調査もあります。
法律相談が終わりましたら、審査がありますが、収入を証明するための資料、つまり給与明細書や課税・非課税証明書、住民票などを提出することとなります。この審査でOKとなれば、扶助開始決定がなされ、費用の立替がなされます。
立替費用は、生活保護を受給しているといった例外的な場合を除いて、原則として毎月分割で返済をしていくことになります。また、事件が終了した場合、弁護士報酬の決定もなされます。
国選弁護事件とは、刑事事件で国選弁護人を付する事件のことをいいます。法テラスは、国選弁護人としての仕事をするとして法テラスとの間で契約をしている契約弁護士を、裁判所や裁判官からの国選弁護人を付けてもらいたいとの要請に応じて、指名したり通知したりします。この通知によって、国選弁護人として選任された弁護士が、国選弁護人としての仕事をすることになります。
また、少年事件において弁護人と同じような役目を果たす者を付添人といいますが、一定の重大な少年事件については、弁護士を国選付添人とします。
もしあなたが刑事事件で起訴されて裁判となった場合、裁判所から私選弁護人の有無の確認がなされ、私選弁護人がいないとなれば、国選弁護人を選任してもらうことができます。この場合に、法テラスの契約弁護士が国選弁護人となります。一定の犯罪についての少年事件についても同様です。
同様に被疑者国選弁護という制度もあります。これもやはり重大な事件に限られていますが、その他にも注意すべき点があります。
犯罪の被疑者となり逮捕された場合、一般的な流れからすると、逮捕から48時間以内に、その身柄が検察庁に送られ、身柄を受け取った検察庁は、24時間以内に勾留請求をするか釈放するかをします。法律上は、勾留請求されるまでの72時間は留置といい、勾留とは区別されています。被疑者国選については、勾留中の被疑者だけに認められる制度で、留置中の被疑者には認められていません。
ただ、留置中の被疑者については、弁護士会が行っている当番弁護士制度がありますので、その利用が可能です。
犯罪による被害者やその家族に対して、その損害の賠償を求めたり、その犯罪についての刑事事件に適切に関与するなどに関する情報を提供する業務、また弁護士を依頼したい人に対して、弁護士を紹介する業務のことをいいます。さらに、被害者参加入のための国選弁護制度や被害者参加旅費等支給制度に関する業務も含まれます。
まず、法テラスや犯罪被害者支援ダイヤルにご連絡してください。そこで、支援情報、つまり相談窓口案内、法制度などの情報を無料で受けることができます。さらに、弁護士の紹介を受けることもできます。弁護士費用については、先に説明をしました民事法律扶助制度を利用することができます。
一定の犯罪にかかる刑事事件については、被害者などは、裁判所の決定によって、刑事事件公判期日に出席し、被告人に対する質問を行うことができますが、これを被害者参加制度といいます。この参加についても、適切な助言を受けるために弁護士を付けることができます。
ただ、経済的に弁護士を付けることが困難な被害者のために、裁判所が国選被害者参加弁護士を選定しますが、その仕組みはほぼ国選弁護人業務と同じです。
また、刑事事件の公判期日に出席できるとしても、裁判所に行くまでの旅費がかかったり、会社を休まなければならないということもありますし、場合によっては前日から宿泊しなければならないこともあるでしょう。この場合、国が、旅費、日当、宿泊費を負担してくれるのですが、その送金業務も法テラスが行っています。
さらに、犯罪被害者法律援助という制度もあります。これは法テラスが日本弁護士連合会から委託を受けて実施している業務で、殺人、傷害、性犯罪、ストーカーなどの犯罪によって被害を受けた方、虐待・体罰・いじめを受けている未成年者について、刑事裁判や行政手続に関する弁護士費用を援助する制度です。
参考コンテンツ:
法テラスでしてもらえないことは何?
犯罪被害は加害者の処遇を知らないままなの?
国選弁護人と私選弁護人は何が違うの?
第3 内容証明
Aさんは、Bさんにお金を貸しているのですが、返済期日になってもBさんはお金を返してくれません。幾度か電話で催促をしたのですが、もうすぐ払うと言うばかりです。このような場合、Aさんはどうすればよいのでしょうか。
もちろん、すぐに裁判をするという方法もあるのでしょうが、口頭ではなく書面で催促をしてからという選択をする人も多いと思います。書面で催促をする場合、単なる書面でするのではなく、内容証明郵便で催促をする方が効果的です。
内容証明郵便とは、日本郵便株式会社が、AさんがBさん宛てに出した書面について、AさんからBさんに出したものであること、その内容はどういうものであるかを証明する制度をいいます。
手続方法まず、書面を作成することが必要です。書面は3通作成する必要がありますが、市販の内容証明用紙は3枚複写となっていますから、これを利用してもよいでしょう。また、パソコンなどで自分で作成することもできますが、横書きとする1合、1行20字以内、1枚26行以内で書いてください(他の方式もありますが、一般的なものです)。
句読点も1字となりますので、その点は注意してください。
作成した3通の書面を、差出人であるAさんの住所と氏名、受取人であるBさんの住所と氏名を記載した封筒と共に、内容証明郵便を取り扱っている郵便局に持参します(取扱いのない郵便局もあります)。3通のうち1通がBさんに届けられ、1通は郵便局が保管し、残り1通は受理印を押されてAさんが保管することになります。
費用は、一般書留料金に加えて、430円となり、2枚目以降が260円増しとなります。通常は、内容証明とともに配達証明(310円)を付けます。内容証明は、差し出した事実とその内容について証明してくれますが、相手方に届いたことについては証明してくれません。それを補うのが配達証明なのです。
配達証明付きで内容証明を送ると、後日、郵便局から、○月○日にBさんに配達しましたよという配達証明書という葉書が送られてきますので、先の1通の内容証明郵便と共に保管してください。
効果前に触れたように、配達証明を付けた内容証明郵便の特徴は、AさんがBさんに出した書面の内容の証明ができること、配達証明葉書によって何時Bさんに到着したのかの証明ができることです。
もっとも重要なのは配達証明です。例えば、AさんがBさんに貸し付けた金銭の返済期日からかなりの年数が経っていて、まもなく消滅時効になってしまうということもあります。そのような場合、裁判を起こせば時効を中断させることができるのですが、訴状を作成していると時効完成日になってしまうということもなきにしもあらずです。この場合、内容証明郵便の効力がもっとも発揮されるのです。
もっと具体的に見てみましょう。10月1日に時効が完成してしまうので、遅くとも9月30日には内容証明郵便がBさんに到着するように、これを発送したとします。郵便局からの配達証明葉書によれば、無事に9月30日にBさんのところに内容証明郵便が到着しました。この場合、内容証明郵便の内容は、もちろんBさんに貸付金を返済してもらいたいというものです。これは、法律的には民法153条に定める「催告」というものです。
ここで注意をしてもらいたいのは、Bさんに払ってくれと請求しているのだから、民法147条の「請求」だと勘違いしている人が多いことです(余談ですが弁護士で勘違いしている人もいました)。「請求」とは、裁判を起こしたりすることを意味していて、内容証明郵便での催促は「請求」でなく「催告」なのです。催告それ自体に消滅時効を中断させる効力はありませんが、催告から6か月以内、つまり翌年の3月31日までに提訴するなどの「請求」を行えば、遡って9月30日に時効が中断したことになるのです。簡単にいえば、消滅時効を阻止するために6か月間の余裕ができるということです。6か月あれば、複雑な事案でも、主張を整理したり証拠を収集したりして提訴をすることは十分に可能となるはずです。
弁護士さて、内容証明郵便の最大の特徴は、前に説明したように、時効完成を6か月延長させることにありますが、その間に訴訟を提起するなどしなくてはなりません。その訴訟で弁護士を依頼するつもりであれば、内容証明郵便の作成自体から弁護士に依頼する方がよいと思います。
また、そうでなくとも、内容証明郵便の作成だけを弁護士に依頼するというのも有効な手段となります。Aさんのケースで弁護士が書く内容証明郵便というのは、どういうものでしょうか。
一般的には、「私はAさんからの依頼を受けている弁護士であること、AさんはBさんに○月○日金○○円を貸しました、その返済期日は○月○日でしたが、Aさんの催促にもかかわらず、いっこうに返済をしてくれていない、だからこの書面が到達した日から1週間以内に支払いなさい、もし支払わなければ裁判となりますよ」といった内容になります。
そして、その効果ですが、BさんとしてはAさんに弁護士までもが付いてしまったとして、返済しなければマズイと思わせることができます。
また、このままだと裁判になってしまうが借りたのは事実だし弁護士が付いているから必ず負けてしまう、自分も弁護士を付けたいが負けると分かっているから弁護士費用がもったいないと思わせることができることです。
その結果、Aさんが裁判を起こすことなく、Bさんが貸付金を返済してくるということも数多くあることです。
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内容証明郵便を受取人が受取を拒絶したため、郵便が返送されてきましたが、どうしたらよいのでしょうか?
第4 保全処分・強制執行
民事保全法に定められている、(1)民事訴訟の本案(簡単にいえば正式の民事裁判)の権利の実現を保全するための仮差押え、(2)係争物(争いのある対象物)に関する仮処分、(3)民事訴訟の本案の権利関係につき仮の地位を定めるための仮処分をあわせて「保全処分」とよびます。以下において説明をしていきます。
仮差押え例えば、AさんがBさんにお金を貸していて、既に返済期日が過ぎているのに、Bさんが返済をしてくれません。Bさんには目ぼしい財産はなく、預貯金がある程度です。
この場合、AさんがBさんを相手として貸金返還の裁判を起こして勝訴したとしても、実際にお金を取ることができるかどうか分かりません。また、裁判が長引けば、その間にBさんは預貯金を隠したり、使ってしまうかもしれません。
そこで、裁判に先立って、仮に預貯金を差し押さえてしまい、勝訴となった場合に、そこから返済を受けようという制度を仮差押えといいます。
仮差押えは、仮差押え命令申立書を裁判所に提出して、命令を出してもらうことになります。
この場合、Aさんは、Bさんにお金を貸していることや、Bさんに預貯金のほかに財産がないことを立証して(疎明といいます)命令を出してもらいます。その際、Aさんは裁判所に担保をたてる必要があります。
この担保とは、もし将来Aさんが勝訴せず、預貯金を仮差押えされたBさんに損害が発生した場合、AさんはBさんに対して損害賠償を支払う責任を負うかもしれません。そこで、そのための担保として、現金を供託しなければなりません。この担保としてどの程度の現金を供託するかといえば、一概にいえませんが、一般的には求める金額(例えばAさんが500万円を返してもらいたいとすればその500万円)の3割から4割程度ということが多いようです。
なお、手形金の請求など、権利があることの蓋然性が高い場合には、1割程度の担保となります。
仮差押え命令が出された場合、それは、Bさんが貯金をしている金融機関に対して、Bさんへの払戻しをしてはいけませんよという命令となります。それで預貯金が保全されるわけです。
仮差押えは、将来裁判をしたとしても、金銭を取ることができないかもしれないということを前提としていますので、Aさんは貸付金返済を求めて訴えを提起することが必要です。
仮処分前に説明しましたように、仮処分には、係争物に関する仮処分、仮の地位を定めるための仮処分があります。
係争物に関する仮処分とは、例えば、Aさんが所有している家屋にまったく知らないBが住み着いてしまったような場合に出される占有移転禁止の仮処分が典型例です。
この場合、AさんがBさんに対して出ていけ(建物を明け渡せ)という裁判を起こして、Aさんが勝訴したとしても、その判決は「Bは出ていけ」というものなので、仮にBが知人のCを居住させた場合には、その判決をもってCに出ていけとはいわないわけです。
そこで、第三者を入居させてはいけませんよという占有移転禁止の仮処分がなされるわけです。この場合にも、仮差押えと同じように担保をたてる必要があります。
仮の地位を定める仮処分は、解雇の有効性を争う労働紛争でよくみられるものです。例えば、Aさんが会社から懲戒解雇処分を受け、これを争う場合、裁判中に会社から給料を受けることはできませんから、生計を維持できなくなる可能性があります。そこで、賃金の仮払いを求めるという仮処分を求めることになります。
4 強制執行Bさんにお金を貸していたAさんが、Bさんを被告とした貸金返還請求の裁判で勝訴したとしましょう。
この場合、「BはAに対して金○○円を支払え」といった内容の判決がなされます。しかし、この判決文は単なる紙切れにすぎず、これだけでAさんがBさんから貸金を回収することができるわけではありません。この判決に基づいて強制執行をする必要があります。強制執行をするためには、その対象、つまりBさんに何らかの財産がなければなりません。強制執行に先立って、Bさんにどのような財産があるのか、どの財産に対しての強制執行が効果的であるかを調査しておく必要があります。
では、強制執行はどのような手続を経て開始されるのでしょうか。これを、不動産執行と債権執行に分けて見ていきますが、その前に強制執行で必要とされる三点セットと言われる「債務名義」、「執行文」、「送達証明書」について簡単に説明をします。
債務名義
強制執行の根拠となるものです。強制執行をすることができますよという文書で、判決書が代表的なもので、前に説明をした強制執行認諾文言付公正証書もその一つです。
執行文
債務名義のまま強制執行をする効力があることを確認するもので、債務名義が判決の場合には、判決原本が存在する裁判所に、公正証書の場合には公証人が、執行力がありますよという執行文を付与してくれます。
送達証明書
債務者に対して、例えば債権執行をしますよとか、不動産執行をしますよという予告をするのですが、その予告が債務者に送達されたという証明のことを言います。
不動産執行
申立書と必要書類を、強制執行をしようとする不動産のある地方裁判所に提出します。申立によって、裁判所は不動産競売開始決定をします。これは、不動産執行をします、不動産を差し押さえますという内容です。
競売開始決定がなされますと、執行官や評価人によって、裁判所名義の不動産の現況調査報告書、評価書、物件明細書が作成され、売却基準価額が決定されます。この売却基準価額の10分の8の価額が買い受け可能価額とされ、これ以上の金額で入札をすることになります。
第1回目の売却は定められた期間内に入札をするという期間入札の方式で行われ、最高価額で入札した人が落札し、売却許可がおりれば、買受人は、裁判所が決めた期日までに入札金額から事前に納めていた保証金額を控除した金額を納付し、これがAさんやそれ以外のBさんに対する債権者に配当されることになります。
債権執行
Bさんに預金があるような場合には、銀行預金を差し押さえて(Aさんを債権者、Bさんを債務者、銀行を第三債務者といいます)、それをAさんが直接取り立てることによって、貸金を回収することができます。不動産執行よりも簡単であるといえるので、預金から十分に回収できる場合には(調査方法は次に説明をする陳述催告の申立です)、この債権執行を選択することになります。
Bさんの住所地の地方裁判所、またはBさんの住所が不明な場合には銀行の住所地の地方裁判所に債権執行の申立をすることになります。この申立と同時に、銀行に対してBさんの預金があるかどうか、あるとしたらいくらあるのについての回答を求めることができますが、それを陳述催告の申立といいます。
申立によって、裁判所は差押命令を出します。この差押命令は、Bさんと銀行の双方に送達され、Bさんに送達されてから1週間を経過すれば、Aさんは預金を自ら取り立てることができます。もっとも、銀行はその前に供託をすることも多く、この場合には裁判所が配当をすることになります。
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内容証明郵便には何を書いてもよい
第5 通常民事裁判
AさんがBさんに500万円を貸しているのですが、Bさんが返済を約束した期日に返してくれませんし、その後Aさんがいくら催促してもだめです。このような場合に、Aさんに権利があるとしても、例えばBさんを脅して回収すれば脅迫罪になりますし、暴行をして回収すれば強盗罪となります。我が国では、その権利を自分自身で実行し実現すること、つまり自力救済は許されていないのです。
そこで、このような場合に備えて、民事裁判という制度があるのです。
民事裁判の流れを簡単に見ておきましょう。
Aさんが原告となり、Bさんを被告として、500万円を返してくれという内容を記載した訴状を裁判所に提出し、Bさんはこれに対して、例えば既に返済をしたというような事実があれば、そのことを記載した答弁書を提出します。その後、Aさんが証拠として借用書を提出し、Bさんが領収書を提出し、それぞれの取調べが行われ、証人やAさんとBさんの尋問が行われ、裁判所はどちらの言い分が正しいかを判断して判決を出すことになります。
この判決で、Aさんが勝訴したとすれば、「BはAに500万円を支払え」というような内容の判決がされて、その後Bさんが500万円を支払えば問題は解決します。また、Bさんが任意に支払ないのであれば、AさんはBさんの財産を差し押さえるなどの強制執行をして、そこから500万円を回収して問題は解決します。
2 裁判の当事者=代理人弁護士厳密に言えば、裁判の当事者は原告であるAさん、被告であるBさんで、代理人弁護士は裁判の当事者ではありません。しかし、先の例のようなお金を貸した、返したというような単純な争いは別として、事実関係が複雑でそれに伴う法律問題も多岐にわたっているような事案も決して少なくありません。
そのような場合には、やはり法的専門家である弁護士を代理人とした方がよいでしょう。
まず、代理人弁護士によって裁判を進めることによって、適切にかつ迅速に裁判が進みます。
また、裁判に当事者自身がかける時間を節約することができて、その間当事者は、自分の仕事をするなど有益な時間を持つことができます。
さらに、弁護士費用についていえば、1年以上も裁判が終わらない場合もあり、高いといわれる弁護士費用でも、ならして換算すればそれほどの高額にはなりません。当事者が書面を作成したり、裁判所に出頭する時間を時間給で計算してみても、高額にはならないはずです。
3 原 告(1)はじめに
訴訟を提起する側を原告といいます。先の例ではAさんになります。原告のAさんがまずしなければならないことは、訴状を作成して、これを管轄の裁判所に提出することです。
(2)訴状作成
訴状に何を記載しなければならないのかの詳細については、いろいろなネットに掲載されていますので、ここでは、基本的なことだけを説明していきます。
訴状には、訴訟物の価額(訴額)、貼用印紙代、当事者の表示、請求の趣旨、請求の原因を書きます。訴額とは、原告の請求に対応する金額のことで、先のAさんの例では500万円となります。また、不動産の明渡しを求める場合には、その不動産の固定資産税評価額の2分の1が訴額となります。貼用印紙代とは、訴額に対応して定められている手数料のことで、500万の訴額の場合には3万円となっています。なお、実費としては、この印紙代のほかに郵便切手代がかかります。当事者の表示は、AさんBさん、それぞれの住所氏名を記載します。
請求の趣旨とは、Aさんが裁判所に求める判決の内容のことをいいます。Aさんの場合、具体的には、
1 被告は原告に対して金500万円及び平成○年○月○日から(返済期日の翌日です)支払済みに至るまで年5分の割合による(民法で定められている遅延損害金の割合です)金員を支払え
2 訴訟費用(弁護士費用ではなく、先の印紙代と郵便切手代、証人の日当交通費などです)は被告の負担とする
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
というように記載します。
請求の原因は、訴状でもっとも重要な記載事項です。AさんとBさんとの間の、紛争の事実関係を記載します。訴えの種類ごとに、最低限記載しなければならない事実がありますので、これを落とさないようにしなければなりません。この事実を要件事実といい、訴状での金銭消費貸借について、Aさんが主張し立証しなければならない事実があります。Aさんの場合、平成○年○月○日に、Bさんに金500万円を貸し渡したこと、返済期日を平成○年○月○日と合意したことを記載しますし、利息の定めがあればそれも記載します。
ただ、これだけでは、裁判所もよく理解してくれませんから、通常はAさんとBさんとの関係も書きますし、「Bさんからの弁済のないこと」は先の要件事実ではありませんが(被告のBさんが主張立証すべき抗弁事実です)、弁済期日を過ぎて幾度も支払うように催促したにもかかわらず弁済がないことも記載します。
(3)訴状提出・管轄
民事事件を扱う第一審の裁判所には、簡易裁判所と地方裁判所とがあります。簡易裁判所では先に説明をしました訴額が140万円以下の事件を扱い(ただし、不動産に関する事件は除きます)、地方裁判所では訴額が140万円を超える事件及び訴額が140万円以下でも不動産に関する事件を扱います。
先の事例ではAさんの訴額は500万円ですから地方裁判所となりますが、ではどこの地方裁判所となるのでしょうか。原則は、被告の住所地にある地方裁判所になり、原告が東京に住んでいても、被告が札幌に住んでいれば札幌地方裁判所に訴状を提出することになります。ただ、これでは様々な不都合があることから、例外が認められています。
Aさんの事例ですと、Bさんが借りているお金の返済場所は、一般的にはAさんの所となりますが、Bさんがその義務を履行しなければならない地を管轄する東京地方裁判所又は札幌地方裁判所のいずれにでもAさんは訴状を提出することができます。また、不動産をめぐる事件では、不動産のある場所の地方裁判所でもよく、交通事故の事件では、交通事故が発生した場所のある地方裁判所でもよいとされています。
また、合意管轄というのもあります。AさんとBさんとが合意をして管轄裁判所を決める方法です。一般的には、甲さんが乙会社と契約をする際の契約書の最後の方に「甲と乙は、この契約をめぐる紛争について、第一審の管轄裁判所を東京地方裁判所とすることに合意した」などと書かれています。
管轄裁判所が決まったならば、所定の印紙を貼った訴状正本(裁判所用)と訴状副本(被告用・被告の人数の数だけ必要)に郵便切手を添えて提出します。また、証拠も一緒に提出する場合にも正本と副本が必要です。なお、自分用の控えをとっておくことを忘れないようにしてください。
4 被 告(1)訴状送達
原告であるAさんの訴状が受理されますと、しばらくしてから(1週間内外)で、裁判所(現実に裁判を担当する民事○部○係といった裁判所)から連絡があって、Aさんとの間で、第1回口頭弁論期日が決まります。
第1回の裁判の期日が決まったら、Bさんの所に、口頭弁論期日呼出状が送られてきます。これには、Bさんに対してAさんから訴訟の提起があったこと、第1回の裁判の期日が開かれる日時、法廷番号、いつまでに答弁書を出さなければならないかが記載されていて、これと共に、訴状副本、証拠副本も送られてきます。
(2)期日出頭
Aさんの言い分に不服がある場合はもちろん、不服がなくても、指定された期日に裁判所に出頭すべきです。何もせずに期日に出頭しない場合、BさんはAさんの言い分をすべて認めたとみなされ、欠席判決ということで、大体1週間後には、Aさんが求めた通りの判決がなされてしまいます。
また、Aさんの言い分に間違いがない場合であっても、和解のチャンスがありますから、期日に出頭すべきです。例えば、BさんとしてはAさんから500万円を借りていてこれを返済していないことに間違いはないのですが、すぐには300万円しか払えず、残り200万円を毎月20万円の10回払いであれば返済できるということもあるでしょう。そのことを裁判所に説明をして和解が成立することもあるからです。
さて、これまでの説明からすると、あまり大きな声ではいえないのですが、Aさんの言い分に間違いはない、しかしお金もなく支払うことができず、仮に強制執行となったとしても、差し押さえるべき財産は何もないという場合には、敗訴判決となっても、言葉は悪いのですが、痛くも痒くもなく、第1回の裁判に出頭せず、放っておくということも選択肢としてあります。
(3)擬制陳述
先に見たように、第1回口頭弁論期日は、Bさんの都合は考えずに、裁判所とAさんとの間で決められます。ですから、指定された期日にどうしても外せない所用があって、出頭することができないこともあり得ます。だからといって、出頭しなければ欠席判決となってしまいます。そこで、後で説明をする答弁書を作成した上で、これを裁判所に提出しておけば、答弁書の擬制陳述を行い、欠席扱いにはなりません。この場合、呼出状に記載された裁判所に電話をして、次回期日がいつ頃になるのか、毎週何曜日が開廷日かを聞いておいて、いくつかの自分の都合のよい日時を上申書の形式で裁判所に出しておくとよいでしょう。
(4)答弁書作成
答弁書は、訴状に対応するものですから、訴状に記載してある「請求の趣旨」に対する答弁、「請求の原因」に対する答弁、被告であるBさんの主張を記載することになります。請求の趣旨に対する答弁は、具体的には、
1 原告の被告に対する請求を棄却する
2 訴訟費用は原告の負担とする
との判決を求める。
というように記載します。
請求の原因に対する答弁は、請求の原因というのが原告の認識する事実を記載していることから、具体的には「認める」、「否認する」、「不知」という3種類の答弁となります。Aさんの訴状の請求の原因として「Bに500万円を貸した」とされていて、それがBさんの認識どおりなら「認める」、借りていないのであれば「否認する」となります。
借りたことを前提として請求の原因に「Bは返済しない」とあって、既に返済をしていれば「否認する」となります。また、請求の原因に「Aは甲から500万円を借りて、これをBに貸した」とあって、Aさんが甲から借りていたことなど知らない場合には、「Aが甲から500万円を借りた」との部分は「不知」とします。
一般的に、第三者の行為やBさんの知らないAさんの行為については「不知」であり、Bさん自身の行為に関する部分は「認める」か「否認する」かのいずれかになります。
被告の主張では、基本的には、請求の原因について否認したことについて、その詳細を記載することになります。例えば、Aさんが「500万円を貸した」という点を否認した場合、「500万円ではなく300万円である」とか、「500万円は受領したが、それは貸付金ではなく贈与としてもらったものだ」というように、Bさんの認識する具体的事実を記載します。
なお、複雑な事案の場合には、時間的な関係で、訴状を詳細に検討することができないこともありますが、その場合には、請求の趣旨に対する答弁だけを書いて、請求の原因に対する答弁及び被告の主張は「追ってなす」としても問題ありません。
この答弁書を裁判所に、証拠があればそれと共に(正本と副本であることは原告の訴状と同じです)提出します。呼出状には答弁書提出期限が記載されていますが、第1回の期日に提出しても大丈夫です。
5 審理~判決(1)はじめに
訴状と答弁書が提出されて、AさんとBさんのいずれの主張が認められるべきかについての実質的審理に入ります。審理は、双方がさらなる主張を展開する準備書面の提出、それぞれの主張を裏付ける証拠の取調べ、証人尋問、AさんBさんの本人尋問という順に審理が進んでいきます。
(2)和解勧告
裁判所がある程度の心証を形成した場合には、本人尋問の前に又はその後に裁判所から和解勧告がなされることがよくあります。和解の打診及びその内容の告知は、AさんとBさんの個別になされます。例えば、Bさんに対して「500万円を分割で支払うというのはどうですか」とか、Aさんに「400万円でどうですか」というようなものです。
前者の和解勧告のような場合、裁判所はBさんの敗訴と考えている場合が多いので、裁判所の和解案は積極的に検討すべきだといえるでしょう。もっとも、裁判官によっては、あからさまに「あなたの敗訴ですから、この程度で和解してはどうですか」ということを言っておいて、いざ判決となると、Bさんの全面勝訴ということもあります。
判決文を書きたくない、和解で終了させたいと考えている裁判官も少なからずいることは現実で、和解案のみならず、それまでの審理経過をよく吟味することが必要です。
(3)判決
和解も成立せず、各々の主張も立証も尽くされたならば、事実の審理は「結審」といって終了し、判決期日が指定されます。この判決期日に出頭する必要はありません(出頭してももちろんかまいません)。例えば、○月○日10時から判決言渡しであれば、その日の11時から12時までの間に裁判所に電話をすれば、「BはAに500万円を支払え」とか「AのBに対する請求を棄却する」という判決主文を教えてくれます。その際、裁判所から(書記官から)、判決文を裁判所に取りに来て下さいと言われることもあります。自分に有利は判決であれば取りに行ってよいでしょう。不利な場合には、後で説明をする控訴期間との関係で、自宅に送付してくれと頼むこともできます。
6 控訴・上告(1)控訴
Aさんが全面勝訴の場合にはBさんのみが、Bさんが全面勝訴の場合にはAさんのみが控訴をすることができ、Aさんの500万円の請求に対して「BはAに300万円を支払え」という双方一部勝訴一部敗訴の場合には、AさんもBさんも控訴することができます。また、この場合にAさんのみが控訴をした場合、控訴審では、不利益変更禁止の原則が働き、審理の対象は、「500万円-300万円」の200万円の貸付金が存在するかどうかだけになり、Aさんの第一審の300万円の勝訴は維持されます。
(2)控訴期間
控訴をすることができる期間は、判決文が送られてきた日の翌日から起算して14日以内です(10月1日に送達されたならば、10月15日までです)。なお、Aさんだけが控訴をして、Bさんは控訴期間内に控訴をしなかったとしても、Bさんは控訴期間経過後であっても、控訴をすることができ、これを附帯控訴といいます。自分は控訴するつもりはなくても、Aさんが控訴するのであれば、自分も争いたいとのBさんの利益のために認められた制度です。
(3)上告
控訴審の判断にも不服がある場合には最高裁判所に(高等裁判所の場合もあります)上告することができます。もっとも、上告するには、憲法違反とか理由が付されていない判決であるといった手続違反など、上告理由が法定されていますので、例えば単純な事実誤認を理由として上告することはできません(不適法な上告として棄却になります)。
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裁判を起こして、万が一負けた場合の費用負担
裁判費用は誰の負担? ―誤解されることの多い「訴訟費用」敗訴者負担の原則と実務上の取扱い―
第6 少額訴訟
前に説明をしました通常民事事件(訴訟)は、それほど争いのない事案であっても、判決期日を入れて2~3回は裁判が開かれます。そして、1か月に1回の割合で裁判が開かれるとした場合、訴状を提出してから、判決まで4か月以上もかかってしまいます。
AさんがBさんに貸したお金が50万円である場合には、通常民事事件でこれを争った場合、弁護士費用もかかるかもしれませんから、費用対効果という面から考えても、訴訟提起に躊躇してしまうこともあるかもしれません。
そこで、訴額が60万円以下であり、かつ金銭を目的とする支払請求であれば、弁護士に依頼することなく、Aさんが自分自身で訴状を書くことができ、しかも1回の期日で判決が出され、その判決に対してBさんに不服があっても控訴することができない(異議は出せます)制度があり、それが簡易裁判所で扱っている少額訴訟と呼ばれるものです。
2 少額訴訟の特徴1回期日
少額訴訟の最大の特徴は、1回の期日で審理を終え、判決も出されることです。このことは、原告であれ被告であれ、十分な準備をして期日に臨まなければ敗訴する可能性が高いということも意味しています。では、十分な準備というのは具体的にどういうことでしょうか。訴状でも答弁書でも、裁判官が一読してその内容を理解することができるような記載をすることが求められるといえるでしょう。何も難解な法律用語を駆使すればよいというものではありません。訴状や答弁書は、過去の事実を記載するものですから、日記のように事実を書いていけばよいと思います。
また、当事者が主張するような事実があったのだと裁判所に理解をしてもらうためには、主張を裏付ける証拠を期日当日に出さなければなりません。証人も証拠の一種ですから、事前に証人と十分な打合せをして、自分が尋問することをよく理解してもらった上で、その期日に証人と同行してもらうことになります。
訴状送達
Aさんがお金を貸した相手であるBさんがどこに住んでいるのか、どこで働いているのか、いくら調べても分からない場合があります。このような場合、通常の民事訴訟ですと、公示送達という方法で、訴状がBさんに送達されたとみなす制度があります。裁判所の掲示板に訴状副本を一定期間掲示して公示することによって、訴状がBさんに送達されたとするものです。
しかし、少額訴訟では、迅速性が要求されていますから、そのような公示送達の方法を採ることはできません。ですから、少額訴訟を起こそうとするAさんはBさんの住所地や勤務場所を把握している必要があり、どうしても分からない場合には、少額訴訟を利用することはできず、通常民事訴訟によらざるをえないことになります。
通常訴訟への移行
被告であるBさんがAさんからお金を借りたことなどない、Aさんと宝石を売買して手付金を支払ったけれども、宝石をAさんが引き渡さないので、残額を支払っていないと主張する場合、1回の裁判では決着がつかないかもしれませんし、Bさんとしてはじっくりと通常民事裁判で審理をしてもらいたいと思うこともあるでしょう。そこで、このような場合、Bさんのために、Bさんには通常訴訟に移して審理をやってくれと申し立てる権利が認められています。この申立(申述)によって、通常の民事訴訟に移行することになります。
反訴禁止
上記のようにBさんが主張している場合、通常訴訟では、Aさんの貸金返還請求に対して、同一手続内で、BさんはAさんを被告として、売買代金の残額を支払うのと引き換えに、宝石を渡せという請求や、売買契約を解除した上で手付金の倍返しを請求することができます。これを反訴といいます。手付金の倍返しでその金額が60万円以下であっても、少額訴訟では反訴をすることができません。やはり迅速性が尊重されているからです。
回数制限
同一の原告が同一の簡易裁判所において利用することができる少額訴訟は、1月1日から12月31日までの間で10回に限定されています。これは、いわゆるサラ金などの取立訴訟に利用されることを防止しようとする趣旨に出たものです。
3 訴状作成少額訴訟は、金銭を目的とする支払請求の事案に限定して利用することができます。ですから、例えば宝石を貸した人が、借りた人に対して、その宝石を返してくれといったような動産の引渡を求める裁判に少額訴訟を利用することはできません。では、金銭を目的とする支払請求にはどのようなものがあるかといえば、貸金返還請求、売買代金請求、給料支払請求、敷金返還請求、(交通事故の)損害賠償請求などです。
各地の簡易裁判所には、上記の各請求についての定型的な訴訟用紙が用意されていますので、まずは、これを入手することになります。また、上記の各請求以外の請求につきましても、簡易裁判所の窓口で相談をすれば、それなりの訴状用紙をもらうことができます。
訴状の記載内容は、前に説明をした民事事件と同じです。また、少額訴訟は、1回の審理で判決までに至ることを前提としていますので、そこで取り調べてもらいたい証拠、例えば金銭消費貸借契約書など、また取り調べてもらいたい証人についての証拠調べ請求書なども同時に提出することになります。
4 和解・判決和解
AさんがBさんを相手に貸金返還の少額訴訟を起こし、1回の期日で審理が終了したとした場合、その期日のうちに判決が出されます。しかし、判決を出す前に裁判所から和解案の提示がなされることもよくあります。裁判所の提案する和解を受けなければならないことはなく、それはAさんとBさんの自由です。
ただ、少額訴訟は、金額的には60万円以下と一般的にいえば高額ではありません。また、Aさんが勝訴しても、Bさんに目ぼしい財産がなければ強制執行をすることもできないということもあるでしょう。このようなことを考慮して和解を受けるかどうかをよく検討すべきだと思います。
最初から「和解などしない勝訴判決をもらうのだ」という気持ちではよくありません。判決をもらうよりも、和解をした方がはるかに有利だということもよくあることなのです。
判決
1回期日で判決が言い渡されるのが原則ですが、例えば、出頭予定でいた重要な証人が、台風による交通機関のマヒ、事故・病気でどうしてもその期日に出頭することができなくなることもあります。また、もう一度だけ期日を開くことによって審理を十分に尽くすことができるというような場合もあるでしょう。そこで例外的に即日判決をしないということもあります。
通常の民事訴訟では、判決期日までに主文、事実、理由を記載した判決書が完成していて、それを判決期日に読み上げます(主文のみで後は省略されるのが通例です)。しかし、少額訴訟の場合、そのような判決書を作成している余裕などありません。そこで、判決書なくして口頭で判決の言渡しがなされ、その内容は「調書」という文書にされて、これがAさんとBさんに送達されることになります。
少額訴訟における判決の最大の特徴は、和解的判決があることです。敗訴するBさんに十分な資力がない場合にBさんの利益を考え、またAさんができる限り確実にお金を回収することができるようにとAさんの利益も考えて、判決言渡しの日から3年を超えない期間を定めて、Bさんの支払いを猶予したり、分割払いとするという判決をすることができるとされています。
また、通常の民事裁判の請求の趣旨の書き方の所でも説明をしましたが、原告は、一般的には「仮執行宣言」を求めます。これを原告が求めなかった場合、裁判所が勝手に仮執行宣言を付することはできません。しかし、少額訴訟では、原告が仮執行宣言を求めていなくても、職権で裁判所は仮執行宣言を付けなければならないとされています。
5 異議申立お金をBさんに貸しているAさんが勝訴した場合、その判決に不服のあるBさんは、通常であれば、控訴さらには上告をして、他の裁判所の判断を求めることができます。しかし、少額訴訟の場合には、その迅速な解決という目的から、控訴はできず、判決を出した裁判所への異議申立しか認めていません。異議が出された場合、判決を出した簡易裁判所で通常訴訟と同じ手続で再審理が行われ、その再審理で出された判決に対しては、原則として異議や控訴をすることはできません。
6 少額訴訟債権執行はじめに
AさんがBさんに貸した50万円の返済を求めた少額訴訟の判決が、Aさんの勝訴となり、その判決が確定したとしましょう。この場合、Bさんが判決に基づいて、Aさんに任意に50万円を支払ってくれれば問題はないのですが、Bさんが返済をしてくれない場合には強制執行をすることになります。
ただ、少額訴訟債権執行は、金銭債権に対する執行しかできません。Bさんが(債務者といいます)、第三者C(第三債務者といいます)に対して金銭債権を有している場合に限って、少額訴訟債権執行をすることができるのです。具体的には、BさんがC銀行に預金をしているときには、BさんはC銀行に対して預金払戻請求権という金銭債権を有しています。
また、BさんがC会社に勤務をしているときには、BさんはC会社に対して給与支払請求権という金銭債権を有しています。このような金銭債権をAさんが差し押さえるというものです。逆にいえば、Bさんがそのような金銭債権を有していなくて、不動産や動産しかない場合には、それは所有権に対する執行であって、金銭債権に対する執行とはなりませんから、少額訴訟債権執行をすることはできず、地方裁判所に通常の強制執行の申立をすることになります。
申立
少額訴訟を行った簡易裁判所に、表紙・当事者目録・請求債権目録・差押債権目録から成る少額訴訟債権執行申立書(裁判所のホームページにひな形があります)、債務名義正本(判決書や和解調書)、送達証明書などを、申立手数料(原則4000円)と郵便切手(原則5330円)を添えて提出します。
なお、少額訴訟で出された判決が確定した場合それが債務名義となり、これについては、強制執行の部分で前に説明をした執行文は不要ですが、同じく債務名義となる和解調書については、執行文が必要となりますので、注意をして下さい。
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第7 支払督促
Aさんは、Bさんに対して、300万円のお金を貸しています。Bさんは、借金をしていることや、その額について認めているのですが、返済期日を過ぎても返済をしてくれません。地方裁判所に貸金の返還を求めて裁判をするのも手間がかかるし、と考えているAさんは、支払督促という手続を利用することで、簡易かつ迅速に強制執行まですることができます。
2 申立申立書を作成して、これを相手方であるBさんの住所地を管轄する裁判所に提出します。定型的な申立書は、簡易裁判所に備え付けてありますので、これを利用すればよいでしょう。
先のAさんの求める金額は300万円です。通常であれば、地方裁判所が管轄となるのですが、支払督促については、その求める金額にかかわらず、すべて簡易裁判所が管轄となります。
この支払督促は、相手方であるBさんに送達されることが必要となっていますので、Bさんに送達をすることができないような場合には利用することはできません。
手数料は、通常訴訟の半額ですので、安く利用することができます。
Aさんからの支払督促の申立を受けた簡易裁判所の書記官は、Aさんの請求に間違いがないかといった実質的審査、つまり証拠を検討するなどをすることなく、申立書の形式的要件があるかどうかだけを審査して、問題がなければ支払督促を出すことになります。
3 送達支払督促は、Bさんに送達されます。しかし、必ずしもAさんの申立が正しいとは限りません。Bさんとしては、借金額が異なるだとか、一部弁済をしているとかの言い分があるかもしれません。そこで、Bさんは支払督促の送達を受けてから2週間の間に、異議を申し立てることができます。この用紙も簡易裁判所にあります。特に不服の理由を記載する必要はありません。
この異議が出された場合、Aさんの請求する金額に応じて、140万円以下であれば簡易裁判所での、140万円を超える場合には地方裁判所での民事訴訟に移ります。
4 仮執行宣言支払督促がBさんに送達されてから2週間以内に、Bさんから異議が出されない場合、Aさんは、簡易裁判所に仮執行宣言の申立を行うことになります。この申立書も簡易裁判所にあります。この仮執行宣言の申立は、申立をすることができるようになった日(Bさん送達後2週間経過後)から30日以内にしなければならず、この期間に申立をしなければ、支払督促自体がその効力を失うことになってしまいますから注意をしてください。
仮執行宣言とは、まだ支払督促が確定していない段階でも、仮に強制執行をすることができるというものです。Aさんが仮執行宣言を申し立てると、今度は仮執行宣言付の支払督促が、相手方であるBさんに送達されます。
送達を受けたBさんは、やはり2週間以内に異議を出すことができます。しかし、異議を出したからといって、仮執行を止めることはできません。これは、仮執行宣言付支払督促が確定することを防止するだけの効果しかなく、仮執行自体を止めるためには、新たに訴訟を起こすしかありません。
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第8 民事調停
前に説明をしましたように、通常の民事訴訟は、費用も時間もかかるという難点を抱えています。そこで、やはり前に説明をした少額訴訟や支払督促の制度も用意されています。しかし、少額訴訟は金銭を目的とする争いでなければなりませんし、求める金額が60万円以下という制約があります。支払督促にしても、異議が出されれば通常の民事裁判となってしまいます。
そこで、訴額にとらわれることなく、また不動産の引渡しといった金銭以外のものを目的とする紛争でも、通常の民事訴訟以外の制度で解決しようと言うのが民事調停という制度です。
AさんがBさんにアパートの一室を貸していたのですが、Aさんが建物の老朽化を理由として、Bさんに明渡しを求めているのですが、明渡時期や立退き料でもめているというような場合、中立公正な立場にある人から助言を受けることによって、AさんとBさんの紛争が解決されるかもしれません。それが、民事調停です。
まず、申立手続が簡単ですし、手続費用が安いことも特徴です。また、通常の民事訴訟や少額訴訟に比較してのことですが、事案によっては、立証がそれほど厳密でないということです。がちがちに証拠をそろえておかなければならないということのほどはありません(もちろん不要ということではありません)。
さらに、通常の民事訴訟や少額訴訟は、公開の法廷で行われますが、民事調停は非公開です。ですから、当事者が人前で話をしたくないことでも、話をすることができるというようにプライバシーが守られています。しかも、申立人と相手方は、別々の控室で待機し、それぞれが調停委員と話をしますので、当事者の接触もありません。
3 申立民事調停はすべて簡易裁判所で行われますが、管轄裁判所は相手方の住所地となります。先の例では、Bさんの住所地を管轄する簡易裁判所となりますが、AさんとBさんの合意で、別の簡易裁判所とすることもできます。民事調停は、調停委員が介在する話合いの場において、AさんとBさんとが納得した上で調停を成立させるものですから、仮にBさんの居所が不明であるような場合には、民事調停とすることはできません。
民事調停は、Aさんが調停申立書を管轄の簡易裁判所に提出することによって開始されますが、この申立書は、事件の種類に応じて書式が簡易裁判所に用意されています。
調停日時が決まったならば、それがBさんに通知されることになります。
調停委員は3人で、一人は調停主任(裁判官)、他の二人は学識経験者とされています(東京簡易裁判所の場合一人は弁護士です)。実際の調停は、調停主任を除く二人で進められていきます。もちろん、調停主任の裁判官は、調停委員から報告を受けますので、紛争内容はもちろんのこと、調停経過を把握しています。
最初の調停期日の当日、まずは申立人控室で待機しているAさんが呼ばれ、調停手続の概略の説明を受けます。その後、申立書の内容を基礎として、より詳しい事情を調停委員に説明します。時間にして30分から1時間弱といったところです。
次に、相手方控室で待機しているBさんが呼ばれ、同様に説明を受け、Bさんも自分の主張を説明することになります。
調停時間は、1回概ね2時間です。1回目で調停委員から調停案が提示されることも稀にありますが、ほとんどの場合調停が次回期日に続行されます。次回期日以降は、調停手続の説明はないものの、第1回と同様(あるいは順序が逆になることもあります)に双方の主張を調停委員が聴き取ります。
5 調停の終了調停成立の見込みがあると調停委員が判断した場合、幾度かの調停期日が重ねられることになり、事案を把握した調停委員から、双方個別に調停案が告げられ、これを双方が検討することになります。
このようにして、調停案自体も修正されていき、AさんとBさんが納得をすれば調停成立となり、調停主任、裁判所書記官も入って調停調書が作成されて調停は終了します。
ただ、調停委員の提案を拒否することもでき、双方が着地点を見出さない限り、調停は成立せず、調停委員が話合いでまとまりそうもないと判断した場合には調停不成立ということで調停は終了します。この場合、裁判所は職権で「調停に代わる決定」を出すことができるのですが、実際にはほとんどありません。
6 特定調停特定債務等の調整の促進のための特定調停に関する法律で定められた調停で、支払不能に陥るおそれのある債務者などの経済的再生のために、その債務に関係する利害関係を調整するものです。
Aさんが借金をして返済が困難になってしまったとか、B会社が借金をしてやはり返済困難な状況にあるという場合に、債権者との間で返済方法や返済計画について話合いをして問題の解決を図るものです。民事調停の一種ですから、相手方住所地を管轄する簡易裁判所が管轄となります。
ただ、借金の返済が困難な場合ですから、債権者も複数存在するのが普通です。債権者が一人は大阪、一人は東京という場合には、大阪簡易裁判所か東京簡易裁判所かを、債務者が選択すれば大丈夫です。
特定調停の場合、原則として申立時において、申立人である債務者の財産の状況が分かる明細書その他の資料、関係権利者(債権者)の一覧表を提出しなければなりません。
特定調停の最大の特徴は、AさんやB会社が既に強制執行を受けているときに、これを停止させる可能性があることです。裁判所は、特定調停で解決することが相当であると認めて、さらに特定調停の成立を妨げるおそれがあるなどの場合には、民事執行の手続の停止を命ずることができます。ただし、注意をしなければならないのは、Aさんが給与の差押を受けているというように、給与債権についての強制執行は止まらないことです。
申立後の調停手続は、民事調停と同様です。
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刑事罰が下る前に民事調停を成立させると不利?
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第9 労働裁判等
労働委員会
都道府県には、労働争議の調整や不当労働行為の審査を行う行政機関として、労働委員会が置かれ、この労働委員会の上級審として厚生労働大臣が所轄する中央労働委員会が東京にあります。委員会は、使用者を代表する使用者委員、労働者を代表する労働者委員、公益を代表する公益委員、各1名の合計3名で構成されています。
一般的には、労働組合から労働委員会に斡旋手続の申立がなされて、その後に不当労働行為救済手続に移っていきます。
A会社の労働組合Bが、労働条件の改善を求めて、A会社に対して団体交渉を申し込んだにもかかわらず、A会社が団体交渉に臨まないとか、団体交渉を開催したのですが不誠実な態度に終始したという事例で、見ていきましょう。
斡旋手続
B組合は、団交拒否又は不誠実団交について、労働委員会からA会社を説得してもらおうと考え、労働委員会に対して、「団体交渉の促進」などを申請事項とする斡旋申立をすることができます(もちろん、A会社からの申立もできますが、ほとんどないといってよいでしょう)。
斡旋に出席するかどうかは、A会社の自由な判断で、出席を強制されるものではありません。
労働委員会からの斡旋期日に出席する場合には、指定された期日に指定場所に赴くことになります。それぞれの部屋が用意されていて、A会社は使用者室、B組合は労働者室と分かれて入室します。ここで、労働委員会の職員から、双方の考えを聞かれ、職員はその考えを斡旋することになります。
また、これらの部屋とは別に、大き目の部屋があり、そこでA会社、B組合、3名の委員が立ち会う方式の斡旋もあります。
A会社が、労働委員会の出す「斡旋員勧告」を受諾するかどうかは自由です。受諾しない場合には、斡旋は不調として終了します。
不当労働行為申立手続
斡旋が不調で終了した場合、B組合は労働委員会に対して不当労働行為救済の申立をして審査手続の開催を求めます。斡旋と異なり、出席が強制されます。この手続内容は、概ね民事裁判と同じですが、簡単に説明します。
B会社は申立書を提出し、これに対してA会社は答弁書を提出します。その後は、争点となっている部分を中心として、双方が準備書面でそれぞれの考えを述べます。また、それぞれの考えを裏付ける証拠(書面の証拠)も提出することになります。
主張と証拠が出揃ったならば、B組合側の証人に対して、B組合が主尋問を行い、A会社が反対尋問をします。委員からも尋問がなされます。次に、A会社側の証人に対して、A会社が主尋問、B組合が反対尋問、委員尋問がなされ、これが終了すると、その後に最終陳述書を提出し、そこで結審し、命令発布の日時が指定されます。
労働委員会による命令は、B組合の主張に理由があれば認容、なければ棄却となりますが、命令の交付日に命令書を受領しにいくことになります。
命令内容に不服があれば、中央労働委員会に対して再審査の申立をすることができます。ここでの手続内容は、都道府県の労働委員会と同じです。
さらに、中央労働委員会の命令に不服があれば、地方裁判所に対して、中央労働委員会を被告として、その命令が間違っているとして、行政訴訟を提起することになります。
2 労働審判・労働裁判はじめに
A会社が、組合員である社員を通常解雇又は懲戒解雇した場合などには、先に説明をしました不当労働行為救済申立と並行して、不当解雇を理由に、地方裁判所に対して、解雇無効確認の訴えを提起することがあります。この場合、B組合は当事者(原告)とならず、解雇された社員が原告となります。また、労働組合ではなく労働者自身が原告となって会社を相手に、未払賃金の請求をするなどの場合も、労働審判や労働裁判となります。
労働審判
はじめに
先に見ました労働委員会での解決は、使用者対労働組合という対立での解決ですが、労働審判は、多くは解雇・賃金・残業代といった個別労働事件に対処するものです。従来の労働裁判が解決までの期間が長すぎるということで設けられた制度です。裁判官1名と労使の専門家2名で構成された労働審判委員会が、3回の期日で審理をし、調停での解決を図り、調停が不成立の場合に審判をなすもので、迅速性・専門性・柔軟性が特徴となっています。
労働裁判との違い
3回以内の期日で終了させますので、審理期間が労働裁判に比較して短縮されています。ですから、書面の提出は申立書と答弁書に原則限定されていて、口頭主義が採用されています。つまり通常の民事裁判や労働裁判のように、双方が準備書面を提出するということはありません。
手続
まずは、当事者の一方(100パーセントといってよいほど労働者)が、地方裁判所に対して、申立書を提出します。先に説明しましたように、迅速性が求められていますので、申立書では、争点となる部分を中心に、分かりやすく、かつ詳細に説明をすることが重要です。また、主張を裏付ける証拠もすべて提出することです。
申立が受理されますと、40日以内の日が第1回期日として指定され、そのおおよそ10日前の日が答弁書(会社側反論)提出期限として指定されます。申立書と同様に、答弁書でも、争点となる部分を中心に十分な反論をし、証拠を提出することになります。
ただ、申立書はその作成に余裕がありますが、答弁書ではそのような余裕はありません。この点で会社側にはかなり不利だといえるでしょう。必要かつ十分な反論をし、証拠を収集し、これを提出するのはかなりの困難ですから、弁護士を代理人として付けることをお勧めします。
ところで、申立書が提出されて委員会がその内容を検討した結果、3回の期日では終了しないことが高い確率で見込まれるときもあります。例えば、当事者が多数であって、しかも争点が複雑多岐にわたるような場合です。このような場合には、複雑事案として第1回の期日で審判が終了することもあります。
また、申立書の内容が間違いだらけで(賃金計算が至るところで矛盾しているとか)、その補正に期間を要する場合、第1回期日に本人が出席しておらず、今後も出席が見込まれない場合にも終了することがあります。
第1回期日が開催され審判に適しているとされた場合、その第1回期日において、既に当事者の主張を理解している委員会から調停案が提示されることが多いようです。ですから、必ず本人を同行する必要があります。もちろん、調停案に不満があれば、これを受諾する必要はありません。調停が不成立となると、審判がなされ、この審判に異議がなければこれが確定します。審判に異議があれば訴訟に移行します。
労働裁判
これは、通常の民事裁判と同様です。
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田中 克幸 弁護士 福岡県
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