労災

従業員なら全員、他人事じゃない「労災」…よくわかる解説
私たちが普段見聞きするニュースの中には、仕事中の事故により死亡したり負傷したりしたというものが多くあります。仕事をしている人にとっては、いつ我が身にふりかかるともしれない「労災」。万が一に備えて、制度の概要を知っておきましょう。
「労災」とは?労災とは、労働災害の略で、労働者の業務上または通勤途上の負傷・疾病・障害・死亡のことです。
業務上負傷したり病気にかかったりして十分に働けなくなった場合に、何の救済も受けられないのでは、労働者は安心して働くことができません。そこで、労働基準法(以下、労基法とします)は、業務上の負傷、疾病に対しては、使用者の故意過失の有無に関係なく、使用者に一定の補償を行う義務を課しています。
何が「業務上」の災害といえるかは、個々のケースごとに判断されますが、勤務時間内や職場内はもちろん、厳密にはそれに含まれない場合でも緩やかに解釈される場合があります。
業務上の負傷・疾病の場合、補償の内容は次の3つです。
一つ目は、「療養補償」です。労働者が業務上負傷し、または疾病にかかった場合、使用者はその費用で必要な療養を行い、または必要な療養の費用を負担しなければなりません(労基法75条1項)。
二つ目は、「休業補償」です。労働災害による休業の場合、平均賃金の6割を使用者が支払わなければなりません(労基法76条)。
三つ目は、「障害補償」です。労働者が業務上負傷または疾病にかかり、治療したもののそれ以上は良くならない状態になった時(症状固定)に、身体に残った障害を後遺症といいます。後遺症が残った場合、使用者は障害の程度に応じて、14等級に分けて補償をしなければなりません(労基法77条)。
休業補償と障害補償については、労働者が重大な過失によって負傷しまたは疾病にかかった場合で、使用者がその過失について行政官庁の認定を受けることを条件に、使用者の補償義務が免ぜられます(労基法78条)。
業務上の死亡の場合、補償の内容は次の2つです。
一つ目は、「遺族補償」です。労働者が業務上死亡した場合、使用者は、遺族に対して、平均賃金の千日分の遺族補償を行わなければなりません(労基法79条)。
二つ目は、「葬祭料」です。労働者が業務上死亡した場合、使用者は、葬祭を行うものに対して、平均賃金の60日分の葬祭料を支払わなくてはなりません(労基法80条)。
労災保険について労災保険とは、労働者災害補償保険法(以下、労災保険法とします)に基づく制度で、業務上災害又は通勤災害により、労働者が負傷した場合、疾病にかかった場合、障害が残った場合、死亡した場合等について、被災労働者又はその遺族に対し所定の保険給付を行う制度です。
労基法上、労災が生じた場合の各種補償が規定されていても、使用者に資力がなければ、労働者は補償を受けることができません。そこで、労働者が使用者の資力に左右されずに補償を受けられるようにし、他方で使用者が多額の支払いを負担したために事業が立ち行かなくなることを防止するために設けられたのが、労災保険の制度です。
使用者は、一定の小規模な事業の場合を除いて、労災保険に加入しなければなりません。保険料は、使用者が負担します。
労災保険法にもとづく保険給付には、(1)業務災害に関する保険給付、(2)通勤災害に関する保険給付、(3)二次健康診断等給付保険給付の3種類があります(労災保険法7条1項)。(1)の業務災害に関する給付は、労基法の規定と同じく、療養補償給付、休業補償給付、傷害補償給付、遺族補償給付、葬祭労の給付とさらに細かく分けられており(労災保険法12条の8)、このほかに遺族補償年金の制度と介護保障給付の制度が設けられています。
労災保険が給付された場合、使用者は、給付された金額の範囲で補償の責任を免れます(労基法84条1項)。もっとも、労災保険から給付された金額が労基法で義務付けられた補償額に満たない場合は、使用者は不足分を支払う義務を負います。
会社が労災保険に加入していない、または申請してくれない時は労災保険未加入の場合
使用者は、一定の場合を除いて労災保険に加入しなければなりません。労災保険に加入するには、労働基準監督署へ「保険関係成立届」を提出する必要があります。しかし、保険料の負担を避けるため、加入手続きを行っていない使用者も存在します。このように、労災保険への加入手続きを行っていない会社で、労災事故が起きた場合の補償はどうなるのでしょうか。
実は、労災保険に未加入でも、労働基準監督署に請求し、労災と認定されれば、労働者は労災保険の給付を受けることができます。一般的に、保険料を支払っていない場合は保険給付を受けることはできませんが、労災保険の場合は、労働者保護の観点から、このような取り扱いがされています。
ただし、この場合、会社は、未加入期間中に納付すべきだった労災保険料と追徴金を納付しなければなりません。さらに、労働者に支払われた保険料の100%または40%を支払わなければならない場合もあります。
会社が給付申請をしてくれない場合
通常は、労災保険の給付申請は会社が行ってくれますが、手続きが面倒だとか、労働基準監督署の調査や行政処分を恐れて、会社が申請をしてくれない場合もあります。
そのような場合でも、労働者自身で労災保険の給付申請をすることができます。労働基準監督署に対し、会社に労災の証明をしてもらえなかった事情等を記載した文書を添えて、労災保険給付等の請求書を提出します。請求書は労働基準監督署でもらえます。
労災と認定される基準と判断する機関労災認定は誰が行うのか
労災になるかどうかの判断は、会社の所在地を所轄する労働基準監督署(以下、労基署とします)が行います。労災にあたると認定されれば、保険給付を受けることができます。
労基署の認定に不服がある場合は、都道府県労働局におかれている労働者災害補償保険審査官に審査または仲裁を求めることができます。
労災と認定される基準~業務災害の場合
労災保険法の業務災害の場合、労災と認定される基準は「業務遂行性」と「業務起因性」の2つです。業務遂行性とは、労働者が使用者の支配下にある状態をいい、業務起因性とは、業務遂行性があることを前提に、負傷・疾病が業務に起因することをいいます。具体例を挙げると、工場労働者が工場での作業中に機械に腕をはさまれて骨折したというケースでは、業務遂行性・業務起因性がともに認められますが、休憩時間中に工場の敷地内でキャッチボールをしていて転倒し骨折したというケースでは、労働者が使用者の支配下にあっても、負傷が業務に起因するとはいえないので、業務遂行性は認められても業務起因性は認められません。
労災と認定される基準~通勤災害の場合
労災保険法の通勤災害の場合、通勤とは「労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くもの」とされています(労災保険法7条2項)。
- 住居と就業の場所との間の往復
- 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
- 1.に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)=単身赴任時の家族が住む家と労働者が住む家との間の移動など
通勤災害の認定においては、通勤経路を逸脱または中断した場合が問題となりますが、「当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合」には、なお通勤中と認めるとされています(労災保険法7条3項)。例えば、日用品の購入や通院などがこれに含まれています(労災保険法施行規則8条)。
労災の手続きは会社がやってくれる…と思っている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、労災補償の支払いを巡っては、会社と労働者は利害が対立する関係にあります。いざという時に、会社が協力的かどうかはわかりません。自分でも手続きができるように、労災制度について知っておくことは大切です。
労災を得意としている弁護士
市村 和也 弁護士 大阪府
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