パワハラ

上司から部下への指導や叱責。やり方を間違えればパワハラにも
「パワーハラスメント(パワハラ)ってなんだろう?」と疑問をもつ人も多いでしょう。職場でのいじめや嫌がらせだとは知っていても、具体的にどんな行為が該当するかは広く知られていないようです。しかし、「そんな簡単なことができないなら辞めてしまえ」などといつも部下を強い口調で非難している人は、それがともすればパワハラとなり、法的責任をも問われかねないことをご存じでしょうか?パワハラの被害は、時として相手にひどい苦痛を与え、うつ病などの重大な精神障害を与えることもあるのです。こうしたトラブルに至る前に、パワハラについての知識を備え、対処方法を学んでおきましょう。
パワーハラスメントの基本知識職場のパワーハラスメントとはどのような行為を指すのでしょうか。まずは基本的な知識を知っておきましょう。
パワーハラスメントとは?
パワーハラスメントとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」であると考えられています。
少し難しい言葉が並びますが、これは厚生労働省が策定した定義です。
職場でのいじめや嫌がらせに悩み、うつ病などを発症する人が増えたことが、社会でも大きな問題となりました。精神的に追いつめられ、不幸にも自殺した例もあります。こうした被害を防ぐため、厚生労働省はパワハラの定義づけを行い、各種の施策を採っています。
パワハラの定義では、次のような点が配慮されています。
(1)上司から部下に対する行為に限られず、職務上の地位や人間関係といった「職場内での優位性」を背景にした行為、つまり強い立場を利用したような場合が該当すること。
(2)業務上必要な指示や注意・指導にとどまる場合は該当せず、「業務の適正な範囲」を超える行為のみが該当すること。
なぜなら、職場でのいじめや嫌がらせは、職場の地位の上下のない先輩と後輩の間柄や同僚の間、または部下から上司に対しても起こりうるというのが実情です。そして、通常の態様で指示や指導を行うことは、会社の業務として不可欠です。たとえ相手が個人的に多少の苦痛を感じても、パワハラとして排除するわけにはいきません。
以上のような、パワハラの定義にあたる行為は、被害者の人格や心身をも傷つける危険性もあるので、職場では許されません。
こんな行為がパワハラにあたるでは、具体的にどのような行為がパワハラに該当するでしょうか。厚生労働省が多くの裁判例などを参考に次の様な類型をまとめています。
パワハラにあたる行為について
(1)身体的な攻撃暴行・傷害など
具体例)叩く、殴る、蹴る
脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言など
具体例)同僚の前で叱責したり、メールによる罵倒を他の職員にも同送する、長時間に亘り繰り返し執拗に叱る
隔離・仲間外し・無視など
具体例)1人だけ個室に移される。強制的に自宅待機を命じる、送別会に1人だけ出席させない
業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害など
具体例)新人社員に無理な仕事を押し付け取り残す
業務上の合理性もなく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じ、または仕事を与えない
具体例)運転手が営業所の草むしりだけを命じられる、事務職の者が倉庫業務だけを命じられる
私的なことに過度に立ち入ること
具体例)交際相手について執拗に訊く、妻の悪口を言う、社員が抱えた民事紛争深く介入する
自分では気付かないうちにパワハラをしているかも
加害者の多くは、自分がパワハラをしている自覚がありません。しかし通常の指導のつもりで行った行為がエスカレートし、上記のような相手の人格を傷つける行為が繰り返され、知らず知らずのうちに相手を精神的に追い込んでいるときもあります。加害者側の自覚が問題なのではなく、客観的に見てどんな行為をし、相手に被害を与えたかが問題なのです。
こうしたトラブルを予防するには、折に触れて想像力を働かせ、相手の立場になって、自分の言動を顧みることが必要です。部下の指導を行うときも、コミュニケーションを適切に保ち、パワハラと受け取られないように指導の仕方を工夫すべきでしょう。威圧的な物言いや大きな声で相手を追いつめても、決して良い結果に繋がらないことを自覚すべきです。
パワハラを受けたときはもし上司や、または部下からパワハラの被害を受けてしまったときは、どのように対処すべきでしょうか。
パワハラ被害の対処方法は?
昨今はパワハラの問題が大きく取り上げられたため、会社の人事部や労働組合が相談窓口を設けている場合もあります。もし対処が不十分だったり、会社に相談窓口がないときは、次の様な外部の相談窓口を利用するべきでしょう。
総合労働相談センター各都道府県労働局等に設置され、労働問題に関する全ての相談を受け付ける窓口。職場への指導や、紛争解決のあっせんも可能
法テラス弁護士や司法書士による法律相談を受けることができる。必要に応じて弁護士費用などの立替制度もある。
みんなの人権110番(全国共通人権相談ダイヤル)パワーハラスメントによる人権侵害が生じていたときは、法務局員や人権擁護委員による電話相談をすることが可能
電話)0570-003-110
労災を申請する方法も
パワハラが原因で心身に異状が生じたときは、労災を申請する方法があります。労災は、以前よりも、うつ病のような精神障害に認められやすくなっています。
申請の手続は、労働基準監督署に対して労災の請求書を提出して行います。その後、労働基準監督官の調査が行われ、労災認定をするかどうか判断されます。
どんな法的責任を問えるの?
パワハラにより精神的・身体的な被害を受けたときは、加害者の行為の内容によっては刑事上の責任(暴行罪、傷害罪、脅迫罪、侮辱罪)などを問える場合があります。
民事上の責任としては、不法行為(民法709条)による損害賠償請求が可能です。治療費、休業損害などの具体的な損害のほか、精神的苦痛を受けたことの慰謝料請求も可能です。
パワハラは会社の事業の執行にあたって行わるので、会社の使用者責任(同715条)を問うこともできます。パワハラを放置していれば、別途、不法行為や安全配慮義務違反(同415条)を問える場合もあります。
こうした賠償請求を行うには、まず弁護士に相談すべきでしょう。その際、パワハラの事実を証明する証拠を備えておくことが重要です。被害を受けた発言の録音、証拠の写真や記録の保存、心身の異状があれば病院の診断書を得るなどの備えをしておきましょう。いつどのような被害を受けたかを忘れずに記録しておくことも有効です。
加害者を訴えるには、民事裁判の提起、民事調停の申立のほか、弁護士に裁判外での示談交渉を依頼する方法もあります。
もしも会社だけを相手に訴えたいときは、労働審判という、裁判所の迅速な手続により解決をはかる方法も可能です。
では反対に、部下からパワハラを訴えられたときは、どう対処すればよいでしょうか。
パワハラ被害を訴えられたときは
パワハラが疑われるときは、部下から、会社に対して被害を訴えられたり、3で解説したような労災申請、刑事・民事裁判などで法的責任を問われることがあります。また会社からさまざまな懲戒処分を受けることも覚悟しなければなりません。
自分が実際にパワハラ行為をし、被害を与えたいたときは、相応の責任を取らなければなりません。しかし、客観的に判断してもパワハラにあたらない方法で業務上必要な指導をしていても、部下が被害を訴えてくる場合もあります。
こうしたときは、会社の調査や訴訟によって誤解が晴れると思って油断をしない方が良いでしょう。適切な指導や対応を行っていたことを積極的に説明し、周囲にも協力を得るなどして、自分の立場を守ることも必要です。
裁判は欠席しないように注意を
ある日突然、パワハラの被害を理由に民事裁判を起こされることがあります。
民事裁判では、たとえ本人が訴えの内容に納得できなくても、裁判期日に出頭しなければ欠席裁判となり、相手の請求通りの判決が言い渡されてしまいます。
本人が出頭するか、または弁護士を依頼するか、どちらの方法でもかまいませんので、欠席裁判にだけはならないように対処しておく必要があります。
また、自身の行為がパワハラにあたらないと確信するときは、自分を守るために争うことも必要です。しかし加害の自覚があるときは、意地を張ることなく、早い段階で誠実に謝罪する姿勢を示すことも大切です。和解などの方法により、賠償額の減額を受ける可能性を探ってみましょう。
強い立場にある上司や経営者は、弱い立場にある者に対してつい強い態度に出てしまいがちです。しかし、パワハラは職場という狭い環境の中でエスカレートし、心身の被害にとどまらず、生命をも危険にしかねない、深刻な被害をもたらす可能性があるという事実は、常に頭に入れておかなければなりません。
加害者が被害者に訴えられてからでは遅いでしょう。裁判が起こされれば、弁護士費用もかかり、敗訴をすれば多額の賠償責任が発生します。職場での信用や立場も失いかねません。
必要以上に神経過敏になる必要はありませんが、部下などへの指導や命令、注意などが言い過ぎややり過ぎにならないよう、常に節度を守ることが大切です。パワハラ対策が遅れている職場は、早急に予防策を講じることも必要でしょう。
パワハラを得意としている弁護士
高石 哲 弁護士 東京都
清水・新垣法律事務所トップへ
職場の後輩が陰口言う、自分も言ってしまった