
誰もが関わる病院や薬。医療にまつわる法律問題の傾向と対策
目次 |
---|
医療とお金 保険証やお金がないから病院へ行くのをためらう…そんな時は
ここからは、わたしたちの日常生活で起きそうな身近な例から、時間の流れに沿って医療問題のポイントを確認していきます。
まず、病院へ行かなければならない事態が起きたところから始めましょう。「いま体調が悪い。病院へ行きたいが、手元のお金が乏しい。これくらいの不調なら我慢しようか…。」と病院へ行くのをためらっている、そんな話を聞いたことがありませんか。あるいは、「家族の入院が長引きそうで、費用負担が予想外となり、この先の治療方法も見直さなければならないかも…」といったことも日常的に想定されます。
病院で治療をしてもらったり入院したりする以上、病院とは一種の契約を結ぶわけですから、その対価を支払わなければいけません。しかし患者側の事情を考慮して、その金額を軽減する制度や、ケースによっては無料となる制度があるのです。それらをきちんと知り、自分自身が当てはまる事項がないかどうか、ここでは概要のみ述べますから、さらに関係機関に問い合わせるなどして調べてみて下さい。費用の算段をしつつ、我慢などせずに賢く治療を受けましょう。
まず、負担額を減らす制度には次のようなものがあります。
高額療養費制度…支払った医療費のうち、一定の金額を超えた部分について払戻しを受けることができる制度です。
高額療養費貸付制度…高額療養費制度によって払い戻されるお金の約8割を先に借りることができる(無利息)制度です。
傷病手当金制度…病気やケガを理由に会社を休む場合、休み始めて4日目から最長1年6か月目まで、手当金を受け取ることができる制度です。
医療費控除…一定額以上(収入等により変動します)の医療費を負担した場合、支払った税金の一部が還ってくる制度です。
高額療養費制度(高額療養費貸付制度を含む)は、主に治療が長期間にわたる場合に、一定の負担額との差額が歴月単位で支給されるもので、傷病手当金制度は、ケガや病気のため会社を休んだことに対して賃金が支払われない場合に、その補てんとして支給される制度であり、医療費控除は、医療費を支払った翌年に税金が還付されるものです。
いずれも医療費の支出を助けるという意味で同様ですが、制度の趣旨がそれぞれ異なること、また支給の時期が異なることなどに注意が必要です。
高額療養費貸付制度を除き、これらはいずれもいったん医療費を支払った後で申請し給付を受ける制度ですが、一時的な支払いを含め、医療費の負担自体を免除できるものとしては次の制度があります。
無料低額診療事業…厚生労働省が行っている、無料又は低額の料金で診療を行う事業です。(生計困難者のみ)
※また、特定の病名などの場合は医療費の全額もしくは大部分を公的に管理された基金が負担する「公費負担医療制度」が適用されます。
どれにも当てはまらないし、とりあえず費用を払う現金が手元にない時は、どうすればいいのか。率直に病院へ相談してみましょう。翌月払いや分割払いに応じてくれる場合があります。
交通事故の際に、窓口で「交通事故の場合は保険が効きません」といわれ、自由診療として高額の治療費を払わされた、という話がありますが、交通事故にも保険は効きます。「交通事故→被害者(患者)は加害者から賠償金を受け取るはず→保険は適用させないでよい」といった、慣習に基づく暗黙の了解事項の下に、最初から保険を効かせずに自由診療として扱う病院があるといわれています。
しかし加害者に求償できない交通事故もあるのですからそれは誤りです。厚生労働省は平成23年8月9日、交通事故にも健康保険の適用がされることを徹底するよう関係機関に改めて通知しました。今ではそんな病院がないことを祈りますが、チェックポイントの大きな一つといえるでしょう。
病院の対応、医師の診察等にイマイチ納得できない時は
患者は、一方的に治療を受ける立場であることから、かつては情報不足によって患者に誤解が生まれたりし、それが事故をいっそう深刻にしてしまうなどの事態が起きていましたが、いまでは医療機関からの説明義務が徹底されてきました。
インフォームド・コンセントという言葉があります。自らの症状、治療方法、治療に伴う危険や代替的治療法、費用、予後などについて説明を受け、判断の根拠となる十分な情報を獲得し、理解した上で、患者が自ら意思表示する(選択、同意、または拒否)ことの総体を指します。この考えの下に、平成9年の医療法改正によって初めて医療従事者の説明義務が明記されたのです(1条の4ほか)。ですから、十分な説明を求めることは、患者の正当な権利なのです。いまでは、どこでもこの考えに沿って、説明と情報提供がされているのが通常でしょう。
ただ、たとえばお医者さんにとっては常識的なことでも患者には必ずしもそうではないなどの知識・認識のギャップがあり、患者にとっては説明が十分でない場合があります。患者は、説明をただ待っているのではなく、自ら尋ねていく積極性を持つのが望ましいでしょう。
説明を聞く際には、自分の頭で理解するまで、疑問点を率直に挙げながら、わかるまで聞く姿勢が大切です。(ただ、不幸にして訴訟になり、説明義務が争われた時には、自分が十分な説明でないと感じていたことだけでは、勝てません。客観的に見て説明不十分であるといえる事実が必要になります。)
必要に応じてメモも取りましょう。現代の医療行為は「自己決定」を大原則としています。正しく自己決定するために必要な情報は、どうやってでも手に入れなければならないのです。手術などリスクを伴う医療行為の前後では「私はすぐに忘れてしまうので録音させて下さい」といって録音することも有効な方法です。お医者さんに悪印象を与えたくない気持ちもあるでしょうが、ぜひわかってもらうことです。
完全に理解できていない時は、署名捺印を求められても「しばらく考えさせてほしい」と言ってその日は終わりにし、書類はいったん持ち帰りましょう。帰宅後にやることは、ふたつあります。まず家族・友人への相談です。医療に詳しい知人がいたらラッキーです。ただ、他人の意見を鵜呑みにはせず、あくまで自分の頭で結論を出しましょう。
もうひとつは、別の医療機関にセカンドオピニオンを依頼することです。重い決断を迫られている時や、どうもいま治療を受けている医師に疑念や不安を感じる、という時は、ためらわずにその医師の手が及ばない(=客観的な立場から考えを述べてくれる)医療機関を訪ねて、意見を聞きましょう。
入院中のトラブルを未然に防ぐために
入院には、通院の治療と全く違う要素があります。それは、「病院が生活の場でもある」ということではないでしょうか。入院の前から退院までを通して、病院での生活に関わる様々なモノ・コトがトラブルの原因となる場合があります。ここでは、入院という、生活と治療が合体した状況においてトラブルを未然に防ぐポイントを見ていきます。
まず入院前にいちばん頭が痛いのは、入院費用でしょう。入院費用は、1か月も入院する可能性があると「医療費がどんどん増えてしまいそう」「収入が減って生活できなくなりそう」などの不安が出てくるのも無理ありません。病院の話をよく聴いて、費用計画を作成します。短期で済む場合、長期になった場合の両方を想定して作成しましよう。
通常の入院では、健康保険が効くのはもちろんのこと、先に述べたように特定の病名などの場合は医療費の全額もしくは大部分を公的に管理された基金が負担する「公費負担医療制度」が適用されます。費用が高額になった場合も同様に、先述の「高額療養費制度」の適用が可能になります。自分が条件に該当していないか病院に確認しましょう。(通常は、病院がアラームを出してくれます。)
差額ベッド代は任意の費用差額ベッド代とは、一人部屋や二人部屋など、四人部屋、六人部屋などよりもよい条件で入院した場合に発生する費用です。経営環境が厳しい病院にとって、差額ベッド代は貴重な収入源だとといわれます。そのため、とりあえず患者に同意書を書かせて、差額ベッド代のかかる部屋に入院させようとする病院もあるとのことです。
患者側も、本当は差額ベッド代のかからない病室でいいと思っていても、「断ったらきちんと治療をしてもらえないのではないか」などの遠慮から、渋々、差額ベッド代を払って入院しているケースもあるかもしれません。
しかし、差額ベッド代は、あくまでも患者の希望によって個室などを利用した場合を除き、本来は徴収してはならないもので、厚生労働省も医療機関に対して、守るべき注意事項として通知を出しています。
入院について同意書による患者の同意確認を行っていない場合や、同意書に室料の記載がない、患者側の署名がないなど、内容が不十分な場合もありますから、必ず同意書にその点の記載がどうなっているか、確認しましょう。
入院してから起こり得る生活上の心配事には(病気自体の悩みはここでは省きます)、医師・看護師などの職員とのトラブル、同室の患者同士のトラブル、また家族と病院とのトラブルなど、主に人間同士の問題がほとんどを占めるといえます。
一時的にしろ、患者は病室で「暮らす」わけであり、同じ病室の他の患者さんはいわばルームメイトです。同時に、その目的はそれぞれの治療を万全にするためであることを忘れずに、お互いを尊重し協調つつ、プライバシーには配慮し合う精神が大切です。人間的なトラブルが治療に影響してしまうなどということは、絶対に避けなければいけません。
入院していると、治療上のことでも入院生活上のことでも、病院から意思決定を求められる場面が多数あります。或る意味で当然のことですが、検査の実施、着替えの用意やクリーニング、おむつの購入まで、患者が同意してくれなければ進められないことがあるのです。
しかも、病院は医師と看護師だけで出来ているわけではありません。薬剤師、放射線技師、理学療法士、等々事務職員を含めそれぞれ専門の役割を持った人々と接することになります。
通常の治療でも同じですが、彼らスタッフの説明を十分聞き、自分の意志を伝えましょう。また、もうひとつの視点を持つという意味だけでも、家族の同席や協力は大変有効です。
医療事故や医療過誤。現場で起こる予想外の事態について
「医療ミスでは?」と思った時に患者や家族がすべきことは何でしょうか。さらに、そうならないためにやっておくことは?
医療事故は、医療によって何らかの被害が起きてしまうことで、医療過誤はこのうち医療関係者に責任があるとされるもの、をいいます。言い換えれば、医療事故のすべてが医療過誤になるわけではないのです。医療過誤を法的に追求する手段には、刑事、行政などのフェーズもありますが、ここでは民事賠償に絞って、実践的なポイントを押さえます。
こうすれば医療過誤訴訟に必ず勝つ! といったものはありません。医療事故はあまりにもたくさんの要素が絡み合って個別性が高く、医療技術水準自体の急速な進歩と相まって、他の分野では裁判例が蓄積されると自ずと見えてくる「類似の応用」のようなものが、この分野ではなかなか働かないのです。
ただ、過誤かどうかを決める際に、主に何が争われてきたかといえば、(A)医療技術上の過誤と医療水準、(B)説明義務違反の2つだというのが、裁判例の蓄積のささやかな成果です。つまり、たとえば「当時の医療水準から見てこのような治療ができたはずだった」ということが立証できれば(Aの要素)、あるいは「その程度の説明では手術のリスクについて説明を尽くしたことにはならない」といえれば(Bの要素)、裁判所の心証は賠償を命じる方へ傾くことになります。
では、損害賠償(いわゆる慰謝料を含みます)を求める医療過誤訴訟は、どのような法的根拠に則って訴えることができるかというと、ひとつは医療側と患者との間で結ばれた契約上の義務違反としてであり、もうひとつは「医療機関が不法行為を行った」とする場合です。
そして裁判で賠償を勝ち取るには、これらを法的根拠として(1)医療側に故意または過失があったといえるか、(2)実際にどのような権利(利益)があり、侵害されたのか、(3)どのような損害が発生したのか(そもそも損害が発生しなければ訴える意味がありません)、そして(4)医療側のミスと結果の発生とがつながっているか(因果関係)という4つの要件を満たす必要があります。
それらを証明する義務は、訴えを起こした側が負担します。医療機関にどんな過失があったかを、こちらが説明しなければいけないのです。
先にも述べたように、医療過誤訴訟に必勝法などありません。ただ、事前・事後に心がけておくべきことはあります。ここでは、いざというときのために「しておくべきこと」(事前)と「すべきこと」(事後)を挙げてみましょう。
- 自覚症状は正確に伝えましょう。
- 医師の説明を求めましょう。
- 必ず事前に説明を聞きましょう。
- 家族や知人に意見を求めましょう。
- 術後や検査後には必ず経過報告を聞きましょう。
また口頭ではなく手術などの局面ではなるべく文書で説明してもらい、納得してから署名捺印をします。大手術の際には別の医療機関のセカンドオピニオンを聞くことも有効です。
(3)事故かもしれないと思った時- 情報開示を求めましょう。
- 記録をまめにとりましょう。
- 弁護士にはありのままに伝えましょう。
実際に訴訟になった事故はどれだけあるのでしょうか。医療過誤訴訟の年間件数は、平成10年台に急速に増加し1,000件に達した後、平成20年台には800件前後となり、大きくは上下しなくなりました。その背景には、公の評価・調査機関の充実や医療機関自身の意識改革もあって、事故の発生自体が抑制されてきていること、また事故が起きても和解などにより裁判に至らない事例が増えたこと、などが挙げられます。
では提起された訴訟のうち過誤の認容率、つまり何割が賠償を命じたのかというと、裁判所の民事訴訟全体(第一審)では83.3%の確率で訴えが認められるのに対し、医療は20.6%と、医療事故訴訟の認容率は他と比べて決して高いとはいえないのが実情です。医療事故が本来的にもつ個別性の高さから、因果関係の立証が難しいことは否めません。
参考コンテンツ:
インプラント手術を受けた直後に歯が折れた。手術に問題があったと思うので他の歯科医院で診てもらいたいと思い、カルテのコピーが欲しいと言ったら断られた。カルテの開示は断れるの?
処方箋は、何日間なら有効?
医師の説明義務
薬が引き起こす身体への不都合な影響。副作用、薬害とは
薬が人類にもたらした恩恵は計り知れないほどですが、薬が原因で人体に深刻な打撃を与えてしまう例が起きるのも事実です。薬の利用者(患者)の立場から、薬剤をめぐるリスクにはどのようなものがあり、どの場面でどんなことに注意すべきか、見ていきましょう。
副作用はおおむね「薬物の使用によって生じる良くない作用」と考えればいいでしょう。これに対して薬剤事故は、「副作用を含め何らか薬剤に起因する有害な事故」であり、また薬害はそれが「社会的に発生する現象」といえます。
薬には、必ずといっていいほど何らかの副作用があります。医師は、その副作用の存在を知ったうえで、患者の身体の個性、各薬剤の効能、そして副作用によるリスクの三者を突き合わせて、最適な処方を考えるわけですが、その薬に起因して人体に、意図に反するダメージを与えてしまったとき、それが薬剤事故となります。そして医療側に責任が認められれば、それは薬剤「過誤」になるのです。
薬を服用する際に副作用から身を守るためにはどうしたらいいでしょうか。
- 用法・用量を必ず守ましょう
「早く治したいからもう1錠」と勝手に量を増やしたり、他人の薬、昔もらった薬などは厳禁です。 - 医師・薬剤師に自分の情報をきちんと伝えましょう
- 一緒に飲んではいけない薬や食べ物について薬剤師からしっかり聞きましょう
不幸にして事故が起きてしまった。そんなときは、端的に訴訟を起こすことも考えられますが、それではたとえ追及することができても、多大の労力と時間を費やさなければならない場合が多いといわれます。そのような事態に応えるのが、医薬品副作用被害救済制度です。
これは、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)が運営している救済制度です。ただ、対象となる被害の程度は、入院を要するほどの疾病や、日常生活が著しく制限されるほどの障害、そして死亡の場合に限定されています。
また、法定予防接種の場合、明らかに医薬品等の製造販売業者などに責任がある場合、軽度な健康被害や医薬品等の不適正な使用によるもの等である場合など、救済の対象にならない場合があるので注意しましょう(→「薬害・副作用」参照)。
ただしこの救済制度で対象にならないからといって訴訟の対象にならない、という意味ではありません。次のPMDAのフリーダイヤルでは、救済の対象事例かどうかについて相談することができます。( 0120-149-931 )
救済を受けるための手続きについては、当サイトの「薬害・副作用」を参照してください。
これまで、医療・薬と、法律・制度との関係について、主に費用と事故の観点に焦点を絞ってポイントを述べてきました。
お金を気にして治療を受けるのを我慢したりしてはいけません。また、治療を受ける際には医師の言葉をうけながしたり安易に意思決定してはいけません。どちらも、最後に自分の身を守るのは自分自身であることを認識し、悔いのない行動をとりましょう。
医療過誤については当サイトの「医療過誤・医療事故」で、薬剤過誤については当サイトの「薬害・副作用」でさらに詳しく述べていますので、そちらも参考にして下さい。
参考コンテンツ:
悪魔のくじ引き
医療を得意としている弁護士
久保 陽一 弁護士 大阪府
スター綜合法律事務所五十嵐 康孝 弁護士 東京都
五十嵐法律事務所トップへ
生検後の出血が酷く入院になったが入院費は患者側が支払うべき?