弁護士コラム

契約書締結前のシステム開発中止(1) 〜契約の成立とは

[投稿日] 2016年11月08日 [最終更新日] 2017年03月23日
Resized avatar mini magick20170117 28986 1xnth5v

杉井 英昭 弁護士 東野&松原&中山法律事務所

丁寧な説明を心がけています。

【事例】

A「先生、大変です!」

それは、業務システムの受託開発を行うシステム開発企業「ハローワールド株式会社」(以下「ハロー社」)の担当者A氏からの電話だった。

弁「どうされたんですか?」
A「それがウチに開発を発注してくれた会社さんが、開発代金を支払ってくれないんですよ。」
弁「なるほど、システムを完成させて納品したにもかかわらず、発注者が代金の支払いを拒んでいるということですか?」
A「いや、それがそうではなくて…。実は、システムはまだ開発途中なのですが、発注者が突然『開発は中止することにした』と言ってきて…。でも、ウチとしては、15人の人員を1ヶ月分このプロジェクトにアサインさせていたので、突然中止と言われても困るんですよ。せめて、この15人月分の代金は支払ってもらわないと。なので、発注者側に15人月分の代金を請求したら、『御社とはまだ契約していない。』と言われて…。」
弁「え、契約していないというのはどういうことですか?」
A「御存知の通り、ウチでは、発注者さんとの間で、ウチがいつも使っている業務システム用のシステム開発契約書を交わしてもらうことにしてるんですね。もちろん、契約書の内容は発注者さんからの要望も踏まえて、変更を加えていくわけです。で、今回のプロジェクトに関しても、先方の担当者との間で契約書のドラフトをメールでやり取りしていたんです。」
弁「なるほど、しかし最終的な契約書締結に至る前に先方から開発中止が言い渡された、と。」
A「そうです。だから、先方は『まだ契約していないのだから代金を払う義務はない』と言われてしまったのです。先生、こちらも人件費がかかっている以上、せめてその分は支払ってほしいのですが、何とかならないでしょうか。」


【解説】

本件は、システム開発の受託に関して、契約書を締結する前に開発を先行させてしまったところ、発注者から突然開発中止が言い渡されたという事例です。開発者側としては、出来れば完成させた際にもらえるはずだった代金を、それが無理でも、これまでに要した経費(主には人件費)相当額の支払を受けたいということになります。

さて、本件については、
発注者側が「まだ契約していないのだから代金を支払う義務はない」と主張しています。そこで、

「契約が成立していたか否か」

について、まず検討しましょう。

この点については、「契約書が交わされていない以上は契約は成立していないのは当然ではないか」と思われるかもしれませんが、そうとは言い切れません。現行の日本法においては、契約の締結には「契約書」は必須ではないからです。
例えば、本件のようなシステム開発の受託の場合、民法上の「請負契約」又はそれに近い契約と考えられる場合が多いのですが(これに対して「準委任契約」の性質を有するものと捉えるべき場合もあります。)、民法は、

「請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。」(民法632条)

と規定しています。これは、「ある仕事を完成するよ」「うん、じゃあそれに対して報酬を支払うよ」という約束があれば、それだけで請負契約は成立するということを意味します。契約書は必須ではなく、メールでもチャットでも口頭でもかまいません。

では、本件ではどうでしょうか。

本件では、メールで契約書のドラフトをやり取りしていることに注目する必要があります。契約書のドラフトにおいては、いずれかの当事者から第1案を提出し、それについて相手方当事者が要望点を追加したり修正点を付記したりし、さらにもう一方の当事者がそれらを承認したり拒否したりする、という手順で進んでいくのが一般的と思われます。

契約書には様々な条項がありますが、当初からお互いに争いがなく合意済みとされる条項もあれば、ある条項を挿入するか否かやその文言について激しく争われる条項もあるでしょう。そして、後者のように、激しく争われる条項があると、他の条項について全て合意できていたとしても、最終的な契約締結には至らないということがあります。
このように、ドラフト段階でお互いが特に問題視せず、合意ができていたとされる条項については、契約書全体の締結が行われる前であっても、メールのやりとりによって、合意が成立していたと見ることのできる場合があると考えられます。
そして、特に、先に見た民法の条文における「◯◯の仕事を完成させるよ」「じゃあそれに対して◯◯円を支払うよ」、堅い言葉で言えば、「請負業務の内容」「代金額(又は代金額の算定方法)」の2つについて合意できていれば、請負契約(システム開発契約)は成立していると言える場合があると考えられます。


【検討】

弁「というわけで、Aさん。相手の担当者とやり取りしているメールとそれに添付されている契約書ドラフトを全部送って下さい。それらを一緒に見ながら検討しましょう。」
A「わかりました。では、後で圧縮ファイルにして送ります。相手の担当者とは契約書ドラフトのやりとり以外にもメールしているんですが、それは必要ですか?」
弁「一応そうしたメールに記載されている事項が関係するかどうかもわからないので、一式全部を送ってもらえますか。」

・・・翌日、弁護士とA氏が打合せをしている・・・

A「ふー。自分で書いたメールですが、結構分量が多くて、読むだけでも一苦労でしたね。」
弁「そうですね。しかし、一通り読んでみましたが、そう簡単にはいかなさそうです。」
A「え、どういうことですか!?」
弁「先方との契約書ドラフトのやりとりで一番争われていたのは、『そもそも請負業務の範囲をどこまでにするか』という点と『代金をどのように定めるか』という点にあったように見受けられます。すなわち、先方としては、できるだけ請負業務の範囲を広くしてほしいし、こちらはあまり広げすぎると開発が間に合わないと言っていた。また、代金について、こちらは、人工数に一定の金額を乗じた金額にしてほしい(1人月あたり◯◯円×人月数)と主張し、先方は確定金額(◯◯円)で定めてほしいと要望している。そうした点からすると、請負契約の中核となる点について合意できないということになり、請負契約は成立していない、という判断になる可能性が高いように思います。」
A「えー!そしたら、やっぱり代金は1円も払ってもらえないということですか!?」
弁「うーむ。まずは契約が成立していることを前提に代金を支払うべきだと主張してみましょう。しかし、契約が成立していると言えるかどうか微妙であることも考えると、仮に契約が成立していないとした場合であっても金銭を請求できると言えるための別の法律構成を考えてみる必要がありそうです。」
A「何とかお願いしますよ。」

(続く)

杉井 英昭 弁護士

注力分野
不動産・建築
  • Icon 3女性スタッフ在籍
  • Icon 1駐車場あり
丁寧な説明を心がけています。

コラムの内容は更新時のものであり、最新の情報と異なることがあります。