弁護士コラム

「つながらない権利」日本でも立法化すべきか?

[投稿日] 2017年01月20日 [最終更新日] 2017年01月20日
Resized avatar mini magick20170419 15354 4y9nui

小川 智史 弁護士 小川智史法律事務所

依頼者のために最善を尽くしていきます

 フランスでは、本年1月1日から、勤務時間外に従業員がメールなどに返信しない権利を認める改正労働法が施行されたそうです。PCやスマホの普及により、いつでもどこでも業務上の連絡が受けられるようになり、すぐに返信しなければならないというプレッシャーを感じるのは日本の労働者も同じだと思われますが、日本における同様の立法が可能か否か、検討を行ってみたいと思います。

 

1.「つながらない権利」はそもそも権利として認められるのか。

(1) そもそも、憲法上の人権を大きく分けると、①明文の規定がなくても当然に認められるべき「自然権」として、主に国家からの自由に関する「自由権的基本権」等と、②国家が積極的に立法等により社会福祉の実現を図る「社会権的基本権」に区分されます。

 現行憲法上、①「自由権的基本権」については、表現の自由・営業の自由等に関し憲法18条~24条で、②「社会権的基本権」については、生存権に関し憲法25~28条で定められています。

 また、①の自然権に位置づけられるものとして、上記のもの以外に財産権について憲法29条で定められている他、憲法13条で包括的規定として幸福追求権が定められています。そして、判例上、憲法13条に基づき、人格権やプライバシー権が憲法上の人権として認められています。

  なお、憲法の諸規定は直接には国などの国家権力に対する法規範となりますが、私人間の効力については、判例上、民法の公序良俗違反(民法90条)、不法行為(民法709条)、その他私法上の一般規定の解釈適用において、憲法の趣旨を間接適用して判断すべきとされます。

 

(2) それでは、「つながらない権利」が憲法上の位置づけについて、まずは自然権として認められる可能性について検討します。

 「つながらない権利」を認める場合の意義としては、勤務時間外や休日に関しては、通常の労働者においては、休養を取って翌日以降の生活に向けて英気を養うとともに、仕事以外のプライベートな時間で趣味や家庭生活の充実を図っていく風に位置づけられるのではないかと思います。

 そして、近時大手広告代理店における過労死自殺の問題が大きく取り上げられたように、仕事以外で自身の生活の充実を図る時間がほとんどないとなると、精神的にも追い詰められ、痛ましい事態が生じることになりかねません。そうすると、勤務時間外でのメールやSNS等による業務連絡・指示が著しく過大な場合は、人格権侵害やプライバシー権侵害に当たると思われます。

 ただ、労働契約については、使用者の業務命令等による指揮監督に従い、労務に従事することを本質的内容としており、勤務時間外の業務連絡・指示等が直ちに人格権侵害・プライバシー侵害に当たるとまでは言いにくいです。

 また、全国民に職業選択の自由が認められますが(憲法22条1項)、裏を返せば、その職業を選択した以上は、契約等に基づく職務規律に服する必要があると思われます。

  そのため、あくまで私見ですが、少なくとも、憲法上、自然権として当然に「つながらない権利」が認められるとまでは言えないのではないかと思われます。

 

(3) 次に、「社会権的基本権」との関係では、憲法27条2項で「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」としており、これを受けて労働基準法や労働契約法で具体的な基準が定められています。

 労働基準法上、1日8時間労働・週40時間労働を原則とするとともに(同法32条)、原則として週1回以上の休日を与えなければならないとされます(同法34条1項)。

 労働基準法の上記基準は元々ヨーロッパの労働時間基準を参考に規定されたようですが、「1日8時間労働・週40時間労働」を厳格に適用した場合、経営が成り立たなくなってしまう会社が少なくなく、ひいては我が国の経済の衰退につながりかねないという側面もあります(経済界を中心にそうした意見が根強く存在するようです)。

 そのため、使用者が労働者の過半数で組織する労働組合あるいは労働者の過半数代表者との間で時間外労働を可能とする協定がある場合には、時間外労働が可能とされます(労働基準法36条1項)。通称「36協定」と呼ばれます。

 ただし、36協定で無制限に時間外労働がなされることを防止するため、厚生労働省の基準(平成10年労働省告示第154号)では、一般の労働者の場合、1週間に15時間以内、1ヶ月に45時間以内が限度とされています。ただ、実際にはこの上限を超過している会社は少なくないと思いますが。。。

 

(4) また、労働契約法7条では、就業規則で「合理的な労働条件」が定められている場合には、就業規則の内容が労働契約の内容になるとされており、最高裁の判例もおおむね同様の趣旨と解されます。

 そうすると、時間外の業務連絡・指示が一律に禁止されているとは言えず、時間外業務連絡・指示自体が直ちに違法とは言えないということになるのではないかと思います。この点は異論もあるかと思いますが、一律に違法とするのは妥当でなく、その内容や時間帯(深夜に渡るか)、頻度や連絡の必要性等、個々の状況に応じて判断する必要があるのではないかと思います。

 以上より、あくまで私見ですが、36協定の存在する会社であれば、少なくとも現行法上は、つながらない「権利」まで認められているとは言いにくいのではないかと思います。

 

2.「つながらない権利」を定める立法について

 そもそも、そのような立法は、経済界からの反対により成立しないのではないか、という問題はありますが、現実の立法の可能性は別として、検討を行ってみたいと思います。

 

(1) 上記1で述べた通り、労働基準法の36協定規制が形骸化し、過労の問題が後を絶たないとともに、過度に時間外の業務連絡・指示が行われれば人格権侵害やプライバシー権侵害のおそれがある点に照らせば、安易これを認めるのは妥当でないというべきでしょう。

 

(2) ただ、時間外の業務連絡・指示の必要性・相当性については、具体的立場・状況に応じて検討する必要があります。

 例えば、会社に緊急の事態が発生した場合に、管理職等の責任ある立場にある人、あるいは特殊な技術者等で代替可能な人材がいない場合、速やかに対応しないと業務に重大な支障をきたす可能性があります。

 また、そうした立場でなくても、人手が足りなくて急に追加の人員が必要になることもあるでしょうし、あるいはお金を稼ぐ必要があり、時間外・休日手当が出るのであれば積極的に休日業務を望む、という方もいらっしゃるでしょう。

 そうすると、時間外の業務連絡・指示を立法により規制する場合であっても、一律に規制するのは妥当ではなく、その業種や労働者の特性に応じて、いくつかの類型に分けた上で規制を行なっていく必要があるのではないかと思います。

 

(3) ただ、法律は一般的・抽象的な基準であって、特定の事案を対象にするものではないとされますが、時間外業務連絡・指示の制限について業務内容に応じて「法律」できめ細かく定めることは容易でないと思われます。

 また仮にそうした規制を定めたとして、①刑事罰まで設ける方法も考えられますが、悪質な場合に限定しないと、過剰規制であって営業の自由(憲法22条1項)の侵害ではないか、という問題が生じます。②行政処分や労働者に対する違約金を定めるのであれば、結局現行の労働基準法を多少強化する程度にとどまり、そもそも現行法と大差がないのではないか、という気がします。

 そもそも、現行法でも、時間外割増賃金の他、悪質な場合には、パワハラによる人格権侵害・プライバシー権侵害として、不法行為による損害賠償請求が可能でしょう(民法709条)。ただ、勤務先との関係を踏まえると、なかなか権利主張は容易でないので、労働基準監督署に指導・処分を求めるといった方法が労働者としては現実的な対応策になるのだろうとは思います。

 

(4) あくまで私見ですが、そもそも現行の労働基準法に基づく36協定の上限すら遵守されず、あるいは残業代不払いが横行していること自体が本質的な問題ではないかと思います。

 労働基準法自体が形骸化している側面がありますが、そもそも現行法の運用改善が先決ではないか、という気がします。

 また、上記の通り、①現行の労働基準法上も上記の通り時間内労働が原則であり、実態はともかく、法律上は36協定は例外という位置づけであるとともに、②労働契約法7条により、就業規則の効力について「合理的な労働条件」であることが要件とされます。

 そこで、まずは時間外業務連絡・指示に関する公的な基準を定め、会社の就業規則の効力の判断要素とすることも、現行の労働契約法7条ないし労働基準法13条(労基法違反の契約の効力)の解釈として可能ではないかと思われます(最終的には裁判所での判断になりますが)。そのため、新たな立法を行う以前に、基準の具体化及び上限規制の厳格化の方が重要ではないかと思います。

 

(5) さらに、上記1でも言及しましたが、「つながらない権利」を明文で立法化する場合、確実に「会社経営に支障が生じ、ひいては日本経済全体の成長の妨げになりかねない」という意見が出されることが予想されます。 実際、36協定に限らず労働時間規制をむしろ緩和すべきであるとして、一定の能力と相当額の給与が支給される労働者については労働時間規制の対象外とする、いわゆる「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入が既に10年近く検討されています(まだ国会上程には至っていないようですが)。

 立法論としては、メールやSNS等による時間外・休日の連絡を法律で制限するという方法もあり得ますが、そのような立法を行なう場合、社会の在り方として賛否両論別れて大きな議論が巻き起こると思われますので、上記で指摘した以外の問題も含め十分に検討を行う必要があります。

 

 

 

小川 智史 弁護士

注力分野
交通事故
  • Icon 3分割払いあり
依頼者のために最善を尽くしていきます

コラムの内容は更新時のものであり、最新の情報と異なることがあります。