弁護士コラム

ASKA氏タクシー車内映像報道と、検索結果削除に関する最高裁決定について

[投稿日] 2017年02月01日 [最終更新日] 2017年02月06日
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小川 智史 弁護士 小川智史法律事務所

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 犯罪報道とプライバシー権・人格権の関係について、①覚せい剤取締法違反で逮捕・勾留されたのち不起訴処分で釈放された歌手ASKA氏に関し、逮捕直前のASKA氏のタクシー車内での映像を複数のテレビ局が放送した問題について、放送倫理・番組向上機構(以下、「BPO」といいます)の放送倫理検証委員会は、「問題点はあるものの、各局の報道内容について公益性も否定できない以上、一概に放送倫理違反を問うことも難しい。」との結論に達したとのことです。

 また、②前科前歴に関する大手検索事業者に対する検索結果の削除請求の可否について、本年1月31日に最高裁第三小法廷決定が出され、削除請求の可否に関する基準が示されました。

 そこで、上記の各問題に関し、以下の観点から法的検討を行なってみたいと思います。

 

1.芸能人の犯罪報道に関する公益性について

 上記の通り、BPOにおいて「公益性」を理由に放送倫理違反を問うことは難しいと判断していますが、そもそも芸能人の犯罪報道を行うこと自体に公益性が認められるのか、という指摘もあります。犯罪行為自体の報道に関しては人格権に基づく名誉権やプライバシー権との関係が問題となりますので、以下検討を行ないます。

 

(1)  昨年12月10日付成宮寛貴氏に関するコラムでも言及しましたが、刑法上の名誉棄損罪の成否については、①公共の利害に関する事実であり、②専ら公益目的を図ることにあり、③真実であることの証明があったときは処罰しないとし(刑法230条の2第1項)、公訴提起前の人の犯罪行為に関する事実は公共の利害に関する事実とみなすとされます(同条2項)。ただし、③の要件に関しては、仮に真実でなかった場合であっても、判例上、真実と誤信したことに相当の理由(根拠)がある場合には、同罪の成立は否定されるとされます。

   また、上記刑法230条の2の要件に関しては、判例上、民事での人格権・名誉権侵害による損害賠償請求等を行う場合にも、同様の基準によるとされています。

 

(2) そして、芸能人の犯罪行為に関する報道と人格権・名誉権の関係についてですが、刑法230条の2第2項により、上記①の要件は満たすこととなります。

  そのため、②の要件に関し、条文の文言通りであれば「専ら」という要件があり、特にワイドショーや週刊誌報道が「専ら公益目的を図る」ものかは疑義があります。

  ただ、芸能人の場合はそもそも不特定多数に対する知名度を上げ、メディアに登場して自己の表現活動を不特定多数に伝えていくことを本質的な内容としている側面があります(中には、テレビ等の大手メディアには出演しない方針のアーティストの方もいらっしゃいますが、例外的でしょう)。そして、芸能人の人格的な面も含めて、不特定多数の人々は着目しているとともに、テレビ番組やCM、あるいは芸能人のライブ・コンサート等で直接表現活動に触れていく、ということになるでしょう。

  そのため、芸能人が犯罪行為を行なった場合でも、(a)不特定多数の人々がその芸能人の活動に賛同していくか否かを判断する要素になるとともに、(b)テレビ番組やCM等についても、その芸能人が出演することの適格性という問題がありますし、番組のスポンサーやCM対象商品の売上にも影響する可能性ががあります。 

  そうすると、私見ですが、一般論として芸能人の犯罪行為を報道すること自体には、公益性は認められるのではないかと思います。

 

2.犯罪行為に関する報道等とプライバシー侵害の関係について

(1) 本年1月31日付最高裁第三小法廷決定によれば、検索事業者による検索結果の表示は検索事業者の表現行為であり、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしており、検索結果の削除は表現の自由に対する制約である点を踏まえて検討する必要があるとしています。  

 

(2)  その上で、検索結果の削除請求が認められる要件について、①当該事実の性質及び内容、②当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、③その者の社会的地位や影響力、④上記記事等の目的や意義、⑤上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、⑥上記記事等において当該事実を記載する必要性等、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して、前者が優越する場合には検索結果の削除請求が可能との基準を示しました。

 

(3)  そして、当該事案においては、当事者(仮名Aとします)が児童買春により平成23年11月に逮捕され、同年12月に罰金刑に処せられた後、逮捕された事実が検索結果として表示されていたところ、児童買春による逮捕の事実はプライバシーに属するものの、社会的に強い非難の対象とされ、今なお公共の利害に関する事項と判断されました。その上で、当該検索結果はAの居住する県の名称及びAの氏名を条件とした場合の検索結果の一部であり、当該事実が伝達される範囲はある程度限定されている点も踏まえ、Aのプライバシーが優越するとはいえないとして、Aの検索事業者に対する削除請求を認めませんでした。

  上記最高裁決定について注意すべき点は、前科前歴について一律に公共の利害に関する事項として、検索結果での表示継続を適法としているのではなく、当該事案について具体的検討を行った結果、その事案に関しては削除請求を認めなかったという点です。したがって、それ以外の場合における前科前歴の検索結果表示の適法性については、個別の事案ごとに上記6つの要素を踏まえて検討していく必要があります。

 

(4) 基準として必ずしも明確でないのではないかという問題はありますが、検索結果表示に関する表現の自由と衝突するため、こうした人権衝突の問題は一般的に、個別の事案ごとの事情に応じた判断が必要とされます。基準の具体化については、今後の下級審裁判例の蓄積によることとなります。

 

(5) なお、芸能人の犯罪報道一般とプライバシー権の問題については、今回の最高裁判例の要素をテレビ報道等に置き換えたとしても、上記1(2)で述べたのと同様の帰結になると思われます。

  そのため、私見ですが、芸能人の逮捕・起訴・判決内容等、犯罪行為及びこれに対する刑事処分の結果については、それ自体をプライバシー侵害ということは困難ではないかと思います。

 

3.ASKA氏の場合におけるタクシー車内映像報道の目的・意義ないし必要性

 上記の通り、芸能人に関する犯罪報道自体は許容されるとしても、本件において逮捕直前のタクシー車内映像の公開は、ASKA氏のプライバシー権侵害として不法行為(民法709条)にあたらないか、という問題があります。この点については、上記検索結果表示に関する判例の要素をテレビ報道に置き換えた場合、特に④報道の目的や意義、⑥報道の必要性が問題になるものと思われます。

 

(1) ASKA氏の逮捕・勾留時点から、ASKA氏は覚せい剤使用の故意について否認しており(実際、不起訴処分により釈放されています)、使用の認識の有無が最大の問題とされていました。

 タクシー映像を報道する意義・目的については、報道機関各自の判断によりますが、これを推測すると、タクシーの車内映像においてASKA氏に覚せい剤使用者特有の症状があったか、ASKA氏の覚せい剤使用の故意の有無をうかがわせる事情があったか否か、その要素として検討するといった理由が考えられます。

 

(2) しかし、仮に覚せい剤使用罪の成否に関する事情の有無を検討する趣旨であったとしても、それは主として捜査機関が検討し、あるいはASKA氏及びその弁護人が反論を行なう事項でしょう。

  そして、本件におけるタクシー車内空間の性質について検討すると、タクシー車内は、不特定多数と接触する可能性のある公道上と異なり、外部から遮断されていて中の様子をうかがい知ることは容易でない空間であり、プライバシー性を有する空間というべきでしょう。

  また、タクシーのドライブレコーダーは、主としてタクシー車内の防犯及び車内での犯罪発生時の証拠方法で設置されたものであり、法令に基づく場合等正当事由のない限り、第三者への提供が認められるべきではありません。

  さらに、タクシー乗車前後で覚せい剤の譲渡が行われたか否かが問題となっている場合であればともかく、本件は既にASKA氏からの尿の採取が終了しており、当時覚せい剤使用の嫌疑がかけられていた時期からも数日程度経過しています。そうすると、覚せい剤使用罪の成否との関係においても、関連性が高いとは言い難いでしょう。

  以上のタクシー車内空間のプライバシー権としての性質やドライブレコーダー設置の趣旨等に照らすと、あくまで私見ですが、そもそもタクシー会社から報道機関への提供の正当性は認めがたいとともに、ASKA氏のプライバシーを制約してまで報道機関が全国に報道する必要性は認めがたいのではないかと思います。

 

4.報道機関等に対する法的規制に関する問題

(1) 上記タクシー車内の映像の報道機関への提供及び報道機関による報道が不法行為に当たるとすると、理論上はASKA氏からタクシー会社や報道機関への慰謝料請求の可能性が考えられます。しかし、釈放後の状況に照らすと、ASKA氏が慰謝料請求を行なう可能性は低いと思われます。

 

(2) 次に、BPOが公益性を理由として放送倫理違反を問わなかった点についてですが、この点については表現の自由・報道の自由との関係を検討する必要があります。

ア  報道機関の報道の自由については、国民の知る権利に資するものとして、表現の自由(憲法21条1項)の一種として保障される旨、最高裁の判例でも判断されています。

   現代では、ネットメディアの発達により大手マスコミ以外にも情報発信機関は多様化しているとともに、SNS等の発達により個人での情報発信も容易になっています。とはいえ、相対的には大手マスコミの報道の自由の意義が喪失したとまでは言えず、現代においても相対的には大手マスコミが情報発信者としてまだまだ大きな影響力を有していると思われます。

イ  そして、大手マスコミやそれ以外の情報発信を含め、表現の自由は民主主義社会における意見形成の観点からは最も重要な人権であり、表現の自由が侵害されると、意見形成自体が制約されるため民主制の過程における自己回復が困難となります。そのため、表現の自由に対する法的規制については、他の人権を制約する場合と比較して厳格な基準により判断すべきである、というのが憲法上の通説とされます。

  BPOはNHKと民放連において設置された自主的機関とされますが(BPOのHPより)、ASKA氏タクシー車内映像報道の必要性・相当性につき一律に判断した場合、表現の自由・報道の自由に対する萎縮効果をもたらす効果を可能性もないとはいえません(この点はあくまで当職の私見です)。

 

(3) 上記の表現の自由・報道の自由の性質を踏まえると、報道の内容規制についてはその制約の度合いが大きく、法的規制にはなじまないものと思われます。

   しかし、だからといって報道機関によるプライバシー侵害等、行き過ぎた報道が野放しにされていいわけではありません。

   不適切あるいはそう思われる報道に関しては、多数の視聴者が視聴しなければ視聴率が低下して番組営業上も支障が生じるでしょうし、最近では番組スポンサーへ苦情申入れがなされる例も散見されるようです(当職がそうした方法を推奨しているわけではありませんので、ご注意頂く必要があります)。

  情報発信方法が多様化した現代社会においては、不適切あるいはそう思われる報道が淘汰されるか否かは、視聴者全体がどういう行動をとるか、によって判断されるべき事柄であるではないかと思われます。

  

 

小川 智史 弁護士

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