弁護士コラム

東京高検検事長の定年延長について

[投稿日] 2020年03月18日 [最終更新日] 2020年03月18日
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小川 智史 弁護士 小川智史法律事務所

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東京高検の黒川弘務検事長(以下、「黒川氏」といいます。)について、当初2月8日に63歳で定年を迎える予定だったものの、定年延長する旨の閣議決定が1月31日になされ、国会やニュース等でも大きく問題となっています。既に大手マスコミやネットメディアでも問題点について相当程度検討がなされていますが、改めて整理しておきたいと思います。

 

1.検察庁の主な構成、検察官の定年制度の趣旨等について

(1)検察官は、刑事事件について、公訴を提起して裁判所に処罰を求める権限を第一次的に有しています(刑事訴訟法247条)。一般事件は、各警察署から検察庁に送致されて起訴するか否かの刑事処分を検察官が決定しますが、いわゆる特捜事件のように、重大な経済事件・政治関連事件の場合は検察官が自ら捜査を開始する場合もあります。

 

(2) 検察官については検察庁法により組織としての検察庁の体制が定められ、最高裁に対応して最高検察庁が、高裁に対応して高等検察庁が、地裁に対応して地方検察庁が設置され(同法2条1項)、最高検察庁の長かつ検察庁全体のトップとして検事総長が(同法7条)、各高等検察庁のトップとして各検事長が(同法8条)、各地方検察庁のトップとして各検事正が置かれています(同法9条)。そして、東京高検検事長は検察庁のナンバー2とされ、次期検事総長の最有力候補とされます(戦後の検事総長は、前職が東京高検検事長である方が大半です)。

 

(3)このように、検察官は、刑事事件についての公訴提起という強大な権限を有し、一般の公務員とは異なる準司法官的立場にあることから、その判断に当たっては公正性・中立性が求められ、刑事事件について「裁判所に法の正当な適用を請求」するとともに、「公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。」とされます(同法4条)。

 また、個々の検察官によって恣意的な差異が生じてはいけないことから、「検察官一体の原則」といって、上席検察官の指揮監督に服することとなります。地方検察庁の検察官は被疑者の公訴提起を判断するにあたり、通常は、地検のトップである検事正の決済まで必要とされます。ただし、高検検事長は当該高検管内の所轄事件について、各検察官を指揮監督し(同法8条)、その事務を自ら取り扱うことができるとされます(同法12条)。重大事案については、上級庁と協議し、指揮を受ける場合があるとされます。

 

(4)そして、検察官については、現行の検察庁法22条では、「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する。」と定めれれています(*なお、検事総長以外の検察官の定年も65歳とする検察庁法改正案が、3月13日に閣議決定されています)。また、検察庁法32条の2では、検察庁法22条等と国家公務員法との関係について、「検察官の職務と責任の特殊性に基づいて、同法の特例を定めたものとする。」と規定しています。

 検察官の定年の趣旨については、戦後検察庁法が定められた際の帝国議会の議論によれば、裁判所法で最高裁の裁判官の定年を70歳と定めた一方、検察官は裁判官と比べて相当な活発性が必要とされるが、検事総長にふさわしい人材は容易に見つからないため定年を65歳とし、その他の検察官は6定年を63歳としたとのことです。また、検察庁法制定にあたり、さらに定年延長を可能とする弾力性のある制度は予定していなかったとされます。

 

2.本件定年延長の法解釈上の主な問題点

(1)ところが、上記の通り、検察庁法22条は検察官の定年を定めているが、定年延長の可否については定めていないとして、一般法である国家公務員法81条の3に基づき黒川氏の定年を延長する旨の閣議決定がなされました。

 また、国家公務員の定年延長規定を設ける旨昭和56年に改正がなされた際、当時は国家公務員法81条の3は検察官には適用されないとの政府解釈がなされていましたが(昭和56年の人事院任用局長答弁、国家公務員法改正に関する昭和55年の総理府人事局・想定問答集等)、当該解釈を変更した上で定年延長を行なったとされます。

 

(2)本件解釈変更の問題点を検討するにあたり、法の解釈・適用に関し、特に以下の原則に留意する必要があります。

ア「法の支配」:国家権力を行使する統治者は、国家権力乱用防止のため(法律に限らず)憲法や自然法等の根本法に拘束される。

イ「特別法の一般法に対する優位性」:ある分野全般に適用される一般法に対し、その中の特定の分野に関する特別法が存する場合、当該特定分野の特性を踏まえた特例を定める以上、特別法が優先する。

ウ「法の趣旨・目的にのっとった解釈適用」:法の解釈・適用を行なう際には、法の趣旨・目的にのっとって解釈・適用を行なう必要がある。

 

(3)本件定年延長の最大の問題点は、①被疑者の起訴権限を有するところ、所轄高検内の各検察官に指揮権を有する検事長など、特定の検察官については定年延長を行ない、その他の検察官については定年延長を行なうとなると、本来公正・中立の立場から「法の適正な適用」(検察庁法4条)が求められる検察官について、任命権者の意に沿うように恣意的な権限の行使がなされる恐れがあるという点にあります。仮に定年延長の有無を考慮し、被疑者の起訴・不起訴が恣意的になされたならば、上記「法の支配」という根本原則に反すると言わざるを得ません。

 また、②国家公務員法81条の3第1項では「定年に達した職員が前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合」と定めており、同法81条の2第1項では、「法律に別段の定めがある場合を除き、定年に達したときは(中略)退職する。」と定めています。上記検察庁法22条、32条の2に照らせば、国家公務員法81条の2第1項の「法律に別段の定めがある場合」に該当することは明らかであり、同法81条の3第1項適用の前提を欠くと言わざるを得ません。③また、同法81条の2第2項では「前項の定年は、年齢60年とする。」と定めています。しかし、先述の通り、検察庁法22条では検事総長以外の検察官の定年を63歳と定めており、そもそも一般の国家公務員とは定年の前提が異なっており、一般の国家公務員と同様の定年延長規定を適用するというのは無理があります。

 にもかかわらず、国家公務員法81条の3第1項に基づき検察官の定年延長を行なうのは、法の文言にも反する解釈であるとともに、検察官を準司法官ではなく一般の国家公務員と同様ととらえるものであって、「法の支配」や「特別法の一般法に対する優位性」という基本原理に反し、「法の趣旨・目的に反する解釈適用」であることは明らかです。

 さらに、④先述の通り、個々の検察官によって刑事事件その他検察官に与えられた法的権限の行使に差異が生じてはいけないことから、検察官一体の原則が定められています。にもかかわらず、特定の幹部検察官でないと対応できない業務が存するということ自体が検察庁法は想定しておらず、検察官一体の原則に反すると言わざるを得ません。かかる点からも、「法の支配」や「特別法の一般法に対する優位性」に反し、「法の趣旨・目的に反する解釈適用」であることは明らかです。

 

3.本件定年延長に対する波紋等

 本件定年延長に関する問題点は、既に国会やマスコミ報道等で相当取り上げあれていますが、特に注目する点としましては、本年2月19日に法務省で実施された法務・検察庁館合同会議において、静岡地検検事正より、法務大臣の指揮権に関する条文(検察庁法14条)を読み上げた上で、「検察は不偏不党でやってきた。」「今回のこと(検事長の定年延長)で検察と政権との関係に疑いの目が向けられている。」「このままでは検察に対する国民の信頼が疑われる。」「国民に対して丁寧な説明をすべき。」という趣旨の意見が述べられたとのことであり(週刊朝日オンライン・2月24日号より)、検察庁内部からも公然と疑念が呈されているようです。

 

4.まとめ

 以上の点に照らすと、検察庁ナンバー2である東京高検検事長が「法の支配」や「特別法の一般法に対する優位性」を破り、「法の趣旨・目的に反する解釈」に基づき勤務継続することは、「まず隗より始めよ。」ということわざにもあるように、国民に対して刑事罰を含む法令順守を求めるに際し、示しがつかないのではないでしょうか。

 黒川氏の定年延長に関し、法解釈として無理があり、合理性を認めることは困難と言わざるを得ないでしょう。

小川 智史 弁護士

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