妊娠・中絶

妊娠・中絶の問題が起きてしまった男女がすべきこと
新しい命を授かることは、一般的には大変喜ばしいことといってもよいでしょう。しかし、様々な事情から、妊娠を望まない方もいらっしゃいます。望まずして妊娠してしまった場合、まず、産む・産まないという大問題に直面します。
産まないという選択をした場合、中絶費用の負担や、慰謝料の支払いなどが問題となります。また、産むという選択をしても、結婚や認知、生まれてくる子どもの養育費の負担などについてどうするかを話し合う必要があります。
産むか、産まないか?
もともと結婚を予定していたカップルであれば、そのまま子どもを産むという選択をする方が多いでしょう。しかし、そうでない場合は、まず子どもを産むか産まないかをよく話し合って決断する必要があります。
注意すべきは、「産まない」という選択、すなわち人工妊娠中絶をするには、タイムリミットがあるという点です。
母体保護法2条2項において、人工妊娠中絶は、胎児が「母体外において、生命を保続することのできない時期」に、人工的に胎児及びその附属物を母体外に排出することと定義されており、この「時期」とは、厚生労働次官通知において「22週未満」とされています。
したがって、妊娠期間が22週以上である場合には、母体保護法上の人工妊娠中絶にあたらず、法律上、正当に中絶を行うことはできません。
母体保護法の要件を満たさない場合に、自然の分娩期に先だって人為的に胎児を母体外に排出すると、堕胎罪(刑法212条)として罰せられます。
結婚と認知の問題
子どもを産むという選択をした場合、結婚するかしないか、そして認知するかしないかを考える必要があります。これは、男性と子どもとの間の親子関係がどうなるかと関係します。
結婚する場合、子どもが婚姻成立の日から200日以降に生まれてきたのであれば、夫の嫡出子とされます(嫡出推定、民法772条2項)。
妊娠が発覚した時期や出産予定日にもよりますが、特別な手続(認知)を経ずに、生まれてくる子どもを自分の子どもとしたいのであれば、出産が婚姻の日から200日以降になるように婚姻届の提出を急ぐ必要があります。
結婚しない場合、あるいは結婚したが上記の嫡出推定の要件を満たさない場合に、男性と子どもとの間に法律上の親子関係を生じさせるには、認知の手続が必要です。法律上の親子関係があれば、父に子の養育義務が生じるので、養育費の負担を求めることができます。
認知には、父親が自らの意思で子を認知する「任意認知」(民法779条)の他に、子またはその法定代理人からの訴えによる「強制認知」(民法787条)があります。
認知は、子がまだ母親のお腹にいる間でもすることができます(民法783条1項)。また、出生後に認知をした場合は、出生の時にさかのぼって法律上の親子関係が生じます(民法784条1項)。
中絶費の負担について
中絶には、診察代や手術代等でおおよそ20万円程度の費用がかかります。手術を受けるのは女性ですが、妊娠をしたのは男女双方の行為の結果ですから、男性にも中絶費用の負担を求めることができると考えられます。負担額や支払時期・支払方法について話し合い、取り決めをしておきましょう。
また、中絶手術は難しい手術ではないと言われていますが、手術により子宮に傷がついて大量出血を起こしたり、麻酔によるショック症状を起こしたりというリスクがあります。
また、術後卵巣機能に異常が出たり、胎児の命を絶ってしまったという負い目からうつ病を発症したりというケースもあるようです。
中絶により、日常生活の維持が困難になるリスクがあることを踏まえて、治療が必要になった場合の治療費の負担や、仕事を休まざるを得なくなって収入を得られなくなった場合の生活費の負担等についても取り決めをしておくのがよいでしょう。
合意内容は書面に残す
中絶費等の負担について取り決めをしても、口頭で約束をするだけでは不十分です。取り決めの内容は、書面に記載して残しておきましょう。書面に残しておけば、後で合意内容を巡って争いが生じることを防ぐことができます。
また、相手が費用の支払いを怠った場合に、交渉や裁判により費用の支払いを求める際の重要な証拠ともなります。
書面の表題は、「念書」「合意書」「契約書」等とするのが一般的です。具体的な支払い金額や支払時期を明記し、男女双方が署名・押印をします。
慰謝料の支払いについて
慰謝料とは、相手の違法な行為により生じた精神的損害に対する賠償です(民法709条、710条)。例えば、女性が男性に無理やり性行為を強要された結果、妊娠・中絶に至ったという場合には、中絶による慰謝料の請求は認められます。
また、既に婚約中だったが、妊娠発覚後に男性が一方的に婚約を破棄し、中絶をせざるを得なくなったという場合も、婚約破棄を理由として慰謝料を請求することができると考えられます。
問題となるのは、男女が合意の上で性行為を行い、妊娠に至った場合です。この場合、妊娠・中絶は男女双方の行為の結果なので、相手男性の違法な行為により損害を受けたとはいえず、慰謝料の支払いを求めることはできないとも思われます。
しかし、妊娠・中絶が男女双方の行為の結果であるならば、中絶による苦痛や負担も男女双方が分担すべきであるとし、男性が女性の負担を軽減することを怠ったことを理由に、慰謝料請求を認めた裁判例があります。
東京高等裁判所平成21年10月15日付判決
Aさん(女性)は、結婚相談会社を通じてBさん(男性)と交際を始めましたが、結婚に至ることはなく別れてしまいました。しかし、別れた後に、Bさんの子を妊娠していることが発覚しました。
Aさんはどうしてよいかわからず、Bさんに相談しましたが、BさんはAさんに30万円を渡しただけで、話し合いをしようとしませんでした。
この事例で、裁判所は、直接的に身体的及び精神的苦痛を受け、経済的負担を負うのは女性だが、妊娠・中絶は性行為という男女の共同行為の結果であるから、女性はこれらの不利益を軽減・解消するための行為を男性に請求することができ、男性は女性に対してこれらの行為を行う義務を負うと判断しました。
そして、BさんがAさんに対して、この義務を十分に果たしていないとして、Bさんに対し、Aさんへの慰謝料の支払いを命じました。
妊娠・中絶をめぐる問題は、男性・女性いずれにとっても人生を左右する重大な問題です。
一つ一つの問題に対して結論を出すには、大きな精神的負担がかかることと思われます。また、中絶をする場合は、女性の身体面の負担も大きくなります。
予期せぬ妊娠の発覚で、不安も多いとは思いますが、最善の選択をするために、男性・女性双方が誠意をもって、話し合いを進めることが大切です。
妊娠・中絶を得意としている弁護士
小原 望 弁護士 大阪府
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