交通事故

交通事故 - 問題解決サポート

東京新生法律事務所濵門はまかど 俊也としや弁護士監修
2022.08.29
「交通事故」のイメージ画像

交通事故は突発的に起こるもの。にもかかわらず、さまざまな法的な知識が必要になります。和解(示談)、損害賠償、過失割合、休業補償、後遺障害、保険などなど…。

また裁判に発展することもあります。加害者になった場合は、民事的な責任だけでなく、刑事的な責任や行政上の責任を負うこともあります。こうした交通事故に関する法的な知識と、交通事故の問題に注力している弁護士・法律事務所を紹介します。

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第1 はじめに

1 責任の種類

例えば、 AさんがBの運転する自動車にはねられたという場合を考えてみましょう。この場合、Bは責任を負うことになりますが、この責任は、行政上の責任、民事上の責任、刑事上の責任に分けることができます。

行政上の責任とは、免許取消、免許停止といったような行政処分を受けなければならないというものです。

民事上の責任とは、民法709条が定めている不法行為に基づく損害賠償金支払債務をAさんに対して負わなければならないというものです(稀に、BのAさんに対する債務不履行責任も発生しますが、ここでは触れません)。

刑事上の責任とは、過失運転致死傷罪といったような罪に問われて、懲役、禁錮、罰金といった刑事罰を受けなければならないということです。

まずは、民事上の責任から見ていきます。

2 不法行為責任

BがAさんに対して不法行為責任を負うのは,次の要件を満たしている場合です。

第1に、Bに責任能力があることが必要となります。この責任能力とは、自らの行為の結果が違法なものとして非難され、法的な責任が発生することを認識できる能力をいい、小学高学年・中学生くらいの者以上であれば責任能力があるとされています。

第2に、Bに故意又は過失がなければなりません。故意とは、BがわざとAさんに自動車をぶつけたとか、ぶつけようとは思っていないのですが、ぶつかるならぶつかってもいいと思っている心理状態をいいます。

過失とは、不注意で自動車をぶつけてしまった場合のことです。刑事ではもちろん、民事でもBに過失があったかどうか、あったとしてどのような過失があったのかがしばしば問題となりますので、ここで、過失とは何かをもう少し詳しく見ていくことにしましょう。

先に説明しましたように、過失とは不注意を意味するのですが、これは事故時の具体的状況の下で、一般人としての注意義務に違反したかどうかということです。そして、注意義務とは、結果予見義務と結果回避義務とで構成されていますので、さらにそれぞれについて説明をします。

結果予見義務とは、自分の行為からどのような結果を生じさせるかを知るようにすべきだというもので、結果予見可能性を前提としています。例えば、次のようなケースがあります。バス運転手のBは、停留所でバスを停めていたのですが、乗降客が終わったので、バスを発車させたところ、左前車輪で子どもAさんをはねてしまったというものです。検証の結果、運転席から子どもの存在を認識することができないことが分かりました。この場合、そこに人がいることを予見することができませんので、予見可能性がなく、したがって予見義務違反もないということになります。つまり、バスの運転手Bには過失がないということです。逆にいえば、予見可能性があれば、ほぼ間違いなく予見義務が発生し、それにもかかわらず事故が発生した場合には、予見義務違反が認められるということになります。

次に、先の例で運転席から子どもの存在を認識することができた場合には、子どもをひかないようにする義務が発生します。つまり、子どもをひくという結果を回避する行為をしなければならないという義務、結果回避義務が運転手Bに課されます。具体的には、子どもが安全な場所に移動するまで発車を控えるという義務です。この結果回避義務も、結果回避可能性を前提にします。例えば、赤信号で停車しようとしたところ、ブレーキが壊れていて(整備不良でなく)、停車できずに前の自動車に追突してしまったという場合を考えてみましょう。この場合、前の自動車に追突するという結果を回避しようとしても、物理的にそれが不可能なわけですから、結果回避可能性がなく、やはり過失はないとうことになります。

第3に、Bの行為に違法性があることが必要です。社会的に正当でない行為によって損害が発生したときには違法性があるとされます。では、社会的に正当な行為とは何かといえば、それは正当防衛行為や緊急避難行為を意味します。

第4に、Aさんに損害が発生することが必要です。この損害については後ほど詳しく説明をしますが、例えば、怪我を負ったAさんに治療費が発生したとか、会社を休まなければならず、その間の給与を受けられなかったということです。

最後に、Bの行為(原因行為といいます)とAさんに損害が発生したこととの間に因果関係があることが必要です。これは単なる因果関係ではなく、相当因果関係というもので、風吹けば桶屋が儲かる式の原因行為と結果との間の無限定の拡大を遮断するものです。簡単にいえば、過失ある行為(原因行為)と損害の発生(結果)との間に、その原因行為があれば、そのような結果が発生すると一般的に考えられる関係が必要だということです。例えば、Aさんが死亡してしまって、その恋人であるCさんが、Aさんの死をはかなんで、自殺してしまったとしても、風吹けば桶屋が儲かる式の原因行為と結果との間の無限定の因果関係であれば、Cが自殺したことによって発生する損害についても、Bが責任を負わなければならなくなります。しかし、Bの過失行為から、恋人Cさんが自殺するとまでは、一般的に考えられませんから、そこに相当因果関係がないという判断になります。

3 当事者

加害者側

運転手

先の例では、自動車を運転しAをはねてしまったのはBですから、BがAに対して損害賠償責任を負担することはいうまでもないことです。

使用者

BがY会社の従業員で、その仕事中にAさんをはねてしまったような場合、Y会社はBの使用者として、Aさんに対して損害賠償責任を負担します。そして、BとY会社は連帯して責任を負わなければなりません。

使用者責任は、使用者の事業の執行の際の加害行為について発生しますが、最高裁判決は、現実に事業を執行しているかどうかは不問として、外観上事業の執行であると見られればよいとの立場です。では、会社の休日に従業員Bが会社の自動車を無断で持ち出して、私用で使っている際に、Aさんをはねてしまった場合も会社は使用者責任を負わなければならないのでしょうか。使用者責任が発生するかどうかは微妙なところです。しかし、会社は後で説明をする自賠責上の運行供用者責任を負うことにはなるでしょう。

代理監督者

Y会社がいわゆる中小企業で、その社長Y1がワンマン経営者で、Y会社のBも含む社員の選任監督の一切を担っていたような場合、Y1は代理監督者として、B、Y会社と同様に責任を負担することになります。

監督義務者

Bが未成年者であった場合、その親権者であるYはAさんに発生した損害について責任を負うのでしょうか。この点、最高裁の判決は、親権者Yは、未成年者Bを十分に監督し、加害行為をしないようにすべきであるにもかかわらず、その監督が不十分であったために、Bが加害行為をしたとして、YにはBの監督をする上での過失があるとして、Yの責任を認めています。ただ、この判決は、Y自身の過失行為を原因行為と把握していることに注意が必要です。

また、Bが心神喪失状態(責任能力がない状態)にあって、その後見人としてYが選任されているときはどうでしょうか。Bには責任能力がありませんから、BがAさんに対して不法行為責任を負担することはありません。しかし、Yは、後見人としてBを監督する義務があり、これを怠ったものとして責任を負うことになります。

運行供用者

自動車損害賠償保障法(いわゆる「自賠法」です)3条は、「自己のために自動車を運行の用に供する者」を挙げていますが、これが運行供用者と言われる者です。

Bは、加害者本人であることからも、また運行供用者であることからしても、人身事故について、Aさんに生じた損害を賠償すべきことを定めています。運行供用者とは、具体的にいいますと、自動車の所有者、借主、預かり主などをいいます。

では、Bが他人の自動車を盗んで運転中にAさんをはねてしまったという場合、盗まれた人は運行供用者として責任を負うのでしょうか。運行供用者が責任を負わされるのは、自動車に対する運行利益があること、自動車の運行支配をしていることだとされています。現在では後者の運行支配が重視されていますが、盗難にあった場合には、運行支配がなく運行供用者としての責任は発生しないでしょう。しかし、自動車の保管状態がルーズな場合には、所有者の運行支配はあるとされ、運行供用者の責任が発生します。

共同不法行為者

Aさんに発生した事故が、Bの過失ある運転行為に起因するとして、例えば、Yの運転する自動車とBの運転する自動車がぶつかって、その反動でBの運転する自動車がAさんをはねてしまったような場合で、しかもYには徐行義務違反があり、Bには一時停止義務違反があるときには、BもYも連帯してAさんに対する賠償責任を負います。

被害者側

被害者側として誰がBやYに損害賠償を求めることができるかという問題です。これを人身事故と物損事故に分けてみていきます。

人身事故(負傷)の場合
被害者本人

Aさんが事故で負傷した場合、Aさんは被害者そのものですから、Bに対する損害賠償請求権を有していることは当然です。

近親者

Aさんが子どもであって、Xという近親者がいる場合はどうでしょうか。Xは自分自身が負傷したわけではありませんから、Bに対する損害賠償請求権を行使することはできません。しかし、Aさんが植物人間状態となって入院してしまっている場合でもそうでしょうか。このような場合、Xは近親者として、Aさんの状態を嘆き悲しむことになるでしょう。そこで、最高裁の判決は、Aさんに生じた傷害が死にも比肩するような場合、直接身体の傷害を受けていない近親者Xにも慰謝料請求権があるとしています。

また、Aさんが子どもの場合、Aさんの治療費や入院費は、一般的には近親者であるXが支払うことになるでしょう。このような場合には、XがBに代わってAさんに治療費や入院費を支払ったと考えられますから、Xは自分が立て替えた費用を、Bに請求することができます。

さらに、AさんがX会社に勤務していて、X会社が入院中のAさんに給料を支払った場合には、やはりBが支払うべき損害をX会社が立て替えたとして、Bに対して、これを請求することができます。

間接損害(企業損害)

AさんがX会社のワンマン経営者であって、X会社はAさんの営業能力や経営能力に依拠していたのですが、Aさんが事故によって長期入院となり、その間にX会社の業績が悪化したような場合、X会社はBに対する損害賠償請求権を取得することができるでしょうか。これが間接損害とか企業損害といわれる問題です。この点については、前に説明をした不法行為の成立要件である相当因果関係がないとの理由で、X会社の請求権取得を否定するのが一般的です。

人身事故(死亡)の場合
被害者本人

最高裁の判決によれば、事故によってAさんが即死したとしても、Aさんは、Bに対する慰謝料請求権を取得し、これを相続人が相続するとされています。

父母・配偶者・子ども

Aさんに、父母X1、妻X2、子どもX3がいる場合で考えましょう。この場合、各Xは、子ども、夫、父親を失ったということで精神的苦痛がありますので、各自が、Bに対する慰謝料請求権を取得します。

ただし、先に見ましたように、妻X2と子どもX3は、Aさんを被相続人とする相続人ですから、Aさんが取得していたBに対する慰謝料請求権を相続することになりますので、この限りで独自の慰謝料請求権と重複することになります。しかし、父母X1は相続人ではありませんので、Aさんの慰謝料請求権を相続することはなく、独自の慰謝料請求権を取得し、これを行使することになります。

胎児

Aさんの妻X2が懐胎していた場合、その胎児はどのように扱われるのでしょうか。胎児には権利能力がありませんので、権利帰属主体にもなりません。しかし、胎児については、損害賠償請求権に関して既に産まれたものとみなされています。したがって、胎児であっても、Bに対する慰謝料請求権を取得することになります。もっとも、実際にその請求権を行使するのは、出生してからであって、母X2が親権者として産まれた子どもを代理してその請求権を行使することになります。

間接損害(企業損害)

Aさんが死亡した場合でも、間接損害が問題となりますが、ここでも否定されるのが一般的です。

物損の場合
所有者

Aさんの自動車がBに追突されてAさん所有の自動車が損壊した場合、BがAさんの所有権を侵害をしたことを理由として、自動車の所有者Aさんは、Bに対する修理費などの損害を賠償するように求めることができます。

では、Aさんは自動車をディーラーXから割賦払いで購入しており、まだ支払いが残っているという場合はどうでしょうか。このような場合、自動車の所有権は、Aさんが割賦払い金を完済するまでの間、所有権留保という形式で、ディーラーXに留まっているのがほとんどです。したがって、ディーラーXは、自動車所有権を侵害された所有者として、Bに対する損害賠償請求権を取得します。では、Aさんが、損害賠償請求権を取得することはないのでしょうか。Aさんは、実質的には自動車の所有権者であるといえますし、またAさんが修理費用を支払った場合には、立て替え払いをしたという構成で、Bに対する損害賠償請求権を取得します。

借主

Aさんが残業をして遅くなり勤務先であるX会社の好意で、X会社の自動車を借りて帰宅途中であった場合はどうでしょうか。先のディーラーのケースと同様に、X会社がBに対する損害賠償請求権を取得することには何の問題もありません。

問題は、Aさんです。この場合、先の所有権留保の場合と異なり、Aさんを自動車の実質的所有者と見ることはできません。下級審の判例では、Aさんの請求を認めたものもありますが、これを否定したものもあります。ただ、Aさんが修理費用を支出した場合には、立て替え払いということで損害賠償請求権を取得することはもちろんです。

第2 損害について

1 はじめに

AさんがBの運転する自動車にひかれたなどの場合、Aさんに損害が発生します。ただ、具体的にどのような費目の損害が発生し、その金額はどの程度とされるのかは難しい問題です。以下において見ていきましょう。

2 人身事故(人損事故)における損害とは?

人身事故(人損事故)において発生する損害は、積極損害、消極損害、慰謝料という三種類になります。

積極損害

これは、事故によってAさんが支出しなければならなくなった損害のことで、実損という呼び方をされることもあります。

消極損害

これは、その事故がなければ、Aさんが受けることができたにもかかわらず、事故によってこれを受けることができなかった収入のことです。この収入のことを逸失利益といいます。

慰謝料

これは、Aさん自身やAさんが死亡した場合の遺族の精神的損害を慰謝するものです。

3 負傷人身事故の場合

積極損害

Aさんが怪我を負って入院した場合、病院に対して、治療費・入院費・入院雑費を支払わなければなりません。また、どうしても近親者がAさんの入院に付き添わなければならないこともあるでしょう。この場合には入院付添費が発生します。さらに、退院をしたとしてもしばらくの間は、通院をしなければならないこともあります。その場合、通院するための交通費もかかるでしょうし、もし公共交通機関での通院が困難であれば、タクシーを利用しなければならないこともあります。

これらの費用は、事故がなければ発生することのなかった費用ですから、その賠償をBに求めることができます。

そして、その具体的金額ですが、入院雑費、付添費については、後で説明をする赤い本といわれる日本弁護士連合会交通事故相談センター作成の「交通事故損害算定基準」を参考にしてください。この赤い本は、毎年発行されていますが、現在令和4年で、事故が令和3年に発生したのであれば、事故時の令和3年版を参考にしてください。

消極損害

消極損害は、休業損害と後遺症逸失利益に分けられます。

Aさんが会社勤めをしていて、入通院しなければならないために、会社を休んだ場合、その間の給与は支払われなくなります。事故がなければ受けることができた給与がなくなるのですから、Aさんは、本来であれば受けることのできた給与相当額を、Bに対して賠償請求することができます。これが休業損害といわれるものです。

では、休業損害はどのようにして算出するのでしょうか。

Aさんが会社員である場合、休業する前3か月分の給与明細書を資料として、その合算額を90~92(3か月の日数です)で割って、1日あたりの平均給与額をだします。この1日あたりの平均給与額に休業日数を掛けた数字が休業損害とされます。ただ、会社員であっても、季節ごとに給与額にかなりの変動がある人もいます。そのような人は、源泉徴収票で1年の給与総額が分かりますので、これを基礎として、1日あたりの給与額を算出することになります。

では、Aさんが自営業・自由業である場合はどうでしょうか。考え方は基本的に同じです。そこで、市区町村が発行する課税証明書や確定申告書控えで年収を確定させて上記同様に計算をすることになります。

Aさんが大学4年生で、既に就職が決まっているような場合に、休業損害はどのように計算をするのでしょうか。この場合、就職をして収入を得ることが確実であることからすれば、就職予定会社の新入社員の給与明細を基礎として損害を算定することもできるでしょうし、赤い本に掲載されている賃金センサスによって算定することもできます。

休業損害で問題となるのは、休業期間の合理性です。Aさんとしては入通院をしたすべての日数であると主張し、保険会社は長すぎると主張することがしばしばあります。特にむちうち症の場合には争いが深刻化します。

というのも、むちうち症の場合、首が痛いとか肩が痛いといった症状があるのですが、そのほとんどが自覚症状であり、例えばレントゲン検査などでた外部から客観的に判断することが困難だからなのです。そこで、保険会社は、むちうち症については、3か月で治療などを打ち切り、それ以降の休業をしたとしても、休業期間に算入しないことが多いのです。保険会社がこのような打ち切りを行ってきたときには、医師とよく相談をして、職場に復帰することは無理であるといったような内容の診断書を書いてもらうことです。

Aさんが交通事故にあったのが、勤務中であったときには、労働保険が適用されます。その労働保険から、「休業補償給付」を受け取ることができます。その額は、労災事故直近3か月の平均給与日額の6割です。さらに、これとは別に「休業特別支給金」が平均給与日額の2割支払われます。

ここで注意をしなければならないのが、「休業補償給付」を受け取った場合、その分だけ休業損害から控除されることです。つまり、「休業補償給付」は、公的な休業補償であって、その分だけ休業損失は填補されていると考えられるからです。ただ、「休業特別支給金」は控除されることはありません。

次に、後遺症逸失利益について説明をします。

Aさんが交通事故によって、片方の目に受傷し、治療を施していたのですが、医師からこれ以上治療を続けても視力が回復することはないと通告された場合、この時点で治療は終了します(それ以上の治療は無意味ですから)。そして、その時点で、視力が回復しないとの事実も確定します。このように、これ以上治療を継続しても症状が回復することのないことを症状固定といいます。

後遺症とは、治療が不能な不可逆的に症状が固定した症状をいいます。逆にいえば、症状が回復する可能性があるとして治療が継続されている間は後遺症とならないということです。そこで、後遺症逸失利益を賠償請求するにあたっては、症状が固定したかどうかを確認する必要があります。

さて、Aさんの片方の目に後遺症が残ったとしたら、仕事に復帰したとしても、仕事の作業能率が、事故前よりも低下することは明らかです。そこで、現実に作業能率が低下して給与がダウンしたという事実がない場合であっても、一定の割合で能力が低下し(労働能力喪失といいます)、その低下状態が一定期間続くとしてその間減収があったとみなし、その減収分を後遺症による逸失利益として、Bに填補させようというのがここでの問題です。

どのような怪我の場合に、いかなる程度の労働能力喪失率となり、いかなる期間それが継続されるのかは、個々人それぞれの特性や仕事内容などにも関係してそれを明らかにすることは非常に難しいものです。そこで、現在では、各後遺症の種類や態様に従って(例えば、片方の目の失明、両目の失明、手指○本切断といったように)、労働能力喪失割合(等級)が決められています(赤い本に掲載されています)。そして、等級認定については、診断書等の認定基礎資料を提出して、損害保険料算出機構にて認定を行うこともできます。

期間については、就労可能年数として67歳くらいまでが予定されています。そこで、47歳のAさんの後遺症による減収分、後遺症逸失利益は、

「年収額 × 労働能力喪失率 × (67歳 - 47歳)」

で計算することができます。

ただ、Aさんは、67歳までの20年間働いて、その間のトータルとして受け取る金額を、事故時に全額受領することになります。本来、労働能力の喪失による減収は毎月生じるはずで、これを一括で受け取ると利息が付く分、不公平な結果となります。ですから、期間中の利息(中間利息)を控除しなければならないことになります。

つまり、計算式の最後に「67歳-47歳=20」を乗じたのですが、この「20」が中間利息を控除した数値に変わります。

この中間利息控除の方法には、ホフマン方式とライプニッツ方式があり、多くの裁判所はライプニッツ方式を採用しているのではないかと思われます。47歳で年収600万円のAさんが労働能力喪失割合1割の後遺症傷害を負ったとして、ホフマン方式とライプニッツ方式で具体的に計算をしてみましょう。

ホフマン方式 = 600 × 0.1 × 15.4808 = 928万8480円

ライプニッツ方式 = 600 × 0.1 × 14.8775 = 892万6500円

ホフマン方式にしても、ライプニッツ方式にしても、就労可能年数に対応する数値は、赤い本に掲載されています。

交通事故にあったAさんがまだ若い女性で、その顔に長さ数センチ、幅数ミリの傷跡が残ってしまったような場合の後遺症逸失利益には問題があります。醜状痕をどうするかという問題です。

前に説明をしましたように、後遺症逸失利益の補填は、後遺症があることによって、労働能力が喪失されてしまったことを前提とします。ですから、接客業といった特殊な仕事ではない通常の会社員であれば、顔面に傷跡が残ったとしても、労働能力が低下するとは考えにくいのです。

また、仮に低下するとしても、赤い本に掲載されているそのままの喪失率でよいのかについても疑問が残るのではないでしょうか。非常に難しい問題なのですが、裁判所はどちらかといえば否定的な立場にあるようです。後遺症逸失利益として考えるのではなく、後遺症慰謝料として考えた方がよいのかもしれません。

最後に慰謝料について説明をします。

交通事故に遭遇して、入院をしたり、通院をしたりすることは、精神的に苦しいものですし、辛いものです。

その精神的な苦しさや辛さを、金銭に評価してその賠償をさせようというのが、慰謝料の制度です。しかし、精神的な苦しさや辛さといったものは、個人個人によって千差万別ですから、これを客観的に決めておく必要があります。

現在では、通院日数、入院日数によって、慰謝料額を算出することにしています。赤い本にその計算表が掲載されていますので、それを参考にしてください。

4 死亡人身事故

Aさんが死亡してしまった場合には、逸失利益、Aさんの慰謝料、Aさんの近親者の慰謝料が問題となります。

逸失利益

Aさんが死亡してしまった場合も、Aさんの逸失利益が問題となります。これは前に見てきた「後遺症」の逸失利益と似ていますが、死亡の場合には次の二つの点で「後遺症」の場合と異なります。

まず、死亡の場合には後遺症がありませんので、いわば純粋の逸失利益、労働能力喪失率100パーセントの逸失利益だということです。

次に、後遺症の場合にはAさんは生存をしているのですから、当然自分の生活費をその収入の中から工面する必要があります。しかし、Aさんが死亡してしまった場合、それ以降将来にわたっての生活費はかかりません。そこで、逸失利益の算定にあたっては、生活費を控除することが必要となります。この点も後遺症の場合と異なるところです。

ただ、生活費が控除されるといっても、どの程度の生活費が必要であったかは、それぞれの人によって違います。そこで、この控除される生活費についても定型化がされています。独身者で50パーセント、扶養者のある人で30~40パーセントの控除がなされます。47歳で年収600万円の独身であるAさんが死亡した場合の逸失利益は次の計算式で求められます。

(年収600 - 生活費600 × 0.5) × ライプニッツ方式14.8775

なお、税金は控除されませんし、退職金は収入に加算されるというのが一般的な考えです。

では、Aさんが幼児であった場合には、どのように計算をするのでしょうか。赤い本には、賃金センサスが掲載されていまして、これに従って得られるであろう賃金を決定して計算をしていくことになります。ただ、その賃金センサスを使用するにあたっても、どの項目の賃金を基準とするかで問題があります。

裁判所では、「全年齢平均賃金を基礎としてライプニッツ方式を採用」するという東京方式、「18歳初任給平均賃金を基礎としてホフマン方式を採用」」するという大阪方式があります。ただ、小学校の成績やその家庭環境からして、自分の子どもは必ず4年制大学に進学したはずだから、「全年齢平均賃金」も「18歳初任給平均賃金」も納得できないと主張する両親が多いのが現実ですし、また4年制大学の進学率の高さという社会実態からしても、納得されない両親は多いだろうと思われます。裁判例では、家庭環境などを検討して、大学卒の平均賃金を基礎としたものもあります。

では、死亡した幼児が女の子であった場合はどうでしょうか。賃金センサスによれば、女子の収入額は男児のそれの7割前後でしか設定されていません。これは男女平等の点から問題があるものでしょう。裁判所もその点を配慮して、前述しました生活費控除割合の50パーセントを30パーセントにして調整をするものもあり、また「全労働者の平均賃金」を基礎収入として設定する裁判例もあります。

慰謝料

Aさんの死亡による慰謝料は、死亡したAさん自身の慰謝料と遺族固有の慰謝料があります。Aさん自身の慰謝料はAさんの死亡と同時に相続人に相続されることになります。

前にも説明しましたように、慰謝料で慰謝される精神的苦痛の程度は、それぞれの人によって異なります。そこで、これも定型化されています。

ところが、定型化されているといっても、三種類の基準が存在していて、これが争いのもととなっています。一つの基準は「裁判所基準」(赤い本基準)、次は任意保険基準、最後に自賠責基準です。このうち、任意保険基準は公開されておりません。このことも被害者の不信感をまねく一つの要因でしょう。

Aさん自身の慰謝料は、裁判所基準によれば次のとおりです。

Aさんが一家の支柱であった場合 = 2800万円

Aさんが一家の支柱に準ずる者(妻など)であった場合 = 2500万円

Aさんが独身者・幼児であった場合 = 2000万円~2500万円

次に自賠責基準によれば次のとおりです。

一律400万円

Aさんの近親者の慰謝料は、裁判所基準によれば、Aさんの慰謝料に含まれています(別途請求できないということです)。また自賠責基準によれば、請求権者はAさんの父母、配偶者、子どもに限定され、請求権者が一人であれば550万円、二人であれば650万円、三人以上であれば750万円とされています。また、請求権者のうち、妻や子どもがAさんに扶養されていた場合には200万円が加算されます。

葬儀費用

葬儀費用も請求することができますが、これも各基準があります。裁判所基準によれば、原則150万円でこれを下回る場合にはその額となり、自賠責基準では100万円とされています。

5 物損事故

Aさんの自動車がBの運転する自動車に追突されて損壊してしまった場合を考えてみましょう。

Aさんはこの自動車を新車で購入し、既に3年間使用していて、いわゆる型落ちなどを考慮すると、事故時の評価額(中古車市場相場)は200万円となっているとしましょう。

追突されたために後部バンパーが破損し、修理代金として50万円かかったとした場合、この50万円を損害賠償金としてBに請求することができます。

ところが、自動車後部が大きく壊れてしまい、修理代金が250万円になった場合はどうでしょうか。この修理代金は自動車の評価額である200万円を超えてしまっています。

物損というのは、Aさんの所有権を侵害したというものですから、事故によってAさんが受けた所有権侵害を金銭に評価すると、それは200万円であるということになります。簡単にいえば、Bとしては、同じ車を調達してきて(200万円で)それをAさんに渡すことで、Aさんに生じた損害を填補したといえるのです。

とすると、修理代金250万円を支払うことは不当だということになります。

角度を変えてみると、修理代金として250万円が必要だとして、AさんがBから250万円を受け取って、そのうち200万円を使って同じ車両を購入した場合、Aさんは残った50万円を不当に利得したことになるのです。したがって、このような場合には評価額である200万円を限度とする修理代金相当額しか請求することができません。

次に、やはり後部バンパーの修理代金として50万円かかったとしましょう。

しかし、自動車は、いくら修理をしたところで、事故時の評価額である200万円にまで評価額が回復することはありません。Aさんの自動車はいわゆる事故車となって、評価損が発生するのが通常です。仮に、事故車となったため評価額がそれまでの200万円から150万円に低下した場合、この50万円を評価損として、Bに請求することができる場合もあります。

さらに、Aさんが自動車を修理に出している際に、自動車を使用することができず、代替車両を借りた場合は、その使用料を代車料として請求することができます。

なお、修理不可能な全損の場合には、前に説明をした所有権の価値である評価額200万円が損害となります。

物損については、いくら愛着のあった自動車であったとしても、慰謝料は発生しません。

第3 過失相殺

1 はじめに

民法の定める不法行為、損害賠償責任は、当事者間での損害の公平な分担を理念としています。だからこそ、先に見たように、死亡事故の逸失利益から生活費を控除したり、中間利息を控除したりするのです。この当事者間の損害の公平な分担をめぐってもっとも問題となるのが過失相殺という制度です。事例で考えてみましょう。

Aさんは、自動車で優先道路を走行していて信号のない交差点に差し掛かりました。そこに交差点左からBの運転する自動車が同じ交差点に進入してきて、Aさんの自動車とBの自動車が衝突し、受傷したAさんに1000万円の損害が発生したとしましょう。

事故を検証した結果、Aさんには徐行義務違反があり、Bには一時停止義務違反がありました。つまり、事故が発生したことについて、 AさんにもBにも過失があるという場合です。

ここでは過失割合という言葉が使われます。過失全体を「10」として、仮にAさんには何の過失もないという場合には、A:B=0:10と考えます。そして、先の具体例のように、Aさんにも過失がある場合には、例えばA:B=2:8というように過失割合が決定され、その結果全体としての損害1000万円をA=200万円、B=800万円で分担し、結局AさんはBに対して、800万円の請求権を行使することができるに止まります。このことを過失相殺といいます。

2 過失割合の決定

過失相殺でもっとも問題となるのは、いかにして過失割合を決定するかということで、問題はそれに尽きるといってもよいでしょう。

この過失割合の決定は非常に困難な問題で、現在ではこれまでの経験から、一定の過失割合が定められています。これも赤い本に掲載されています。

これによれば、歩行者対自動車、自動車対自動車、自転車対自動車という分類から、交差点での事故なのか、信号があるのかどうか、優先道路はどちらなのかといったように、あらゆる場面を想定した分類がなされています。

この過失割合を参考にして下さい。もっとも、これは原則的基準にすぎませんから、事故時の具体的状況によって、修正がなされことにも注意をしてください。

3 好意同乗

過失相殺をめぐる問題として、好意同乗があります。好意同乗とは、無償で友人を自動車に同乗させていたところ、運転者の過失によって事故が発生して、同乗していた友人が受傷したとか死亡したという場合に、運転者は全責任を負担しなければならないのか、減額することができるのかという問題です。

結論からすれば、運転者の好意で同乗させてもらっていたとしても、同乗者は、事故が起きることまでも容認しているわけではありませんから、全額請求することができるのが原則です。これは損害額でもそうですし慰謝料額についても同様です。

では、次のような場合はどうでしょうか。Aさんは、友人のBと居酒屋で飲酒したのですが、酔っ払ったBから一緒に車で帰ろうと誘われて、助手席に同乗したのですが、Bが運転を誤り、道路の側壁に衝突して、Aさんが大怪我を負ったという場合です。

このような場合、客観的には酔っ払っているBは正常な運転をすることができない状態にありますし、一緒に飲酒していたAさんもそのことを十分に認識していたはずです。Aさんはそれにもかかわらず、酔ったBの運転する自動車に同乗したのですから、自分が受傷したことについて、過失があると判断されます。では、どの程度の過失割合になるのかというと、一概に断定することはできませんが、A:B=5:5程度ではないでしょうか。Bも悪いが、Aさんあなたも悪いといったところでしょうか。

同乗について、過失相殺の問題から離れますが、自動車保険の搭乗者傷害保険について説明をしておきたいと思います。

同乗者に搭乗者傷害保険金が支払われた場合、これを損害から控除することができるかという問題です。搭乗者傷害保険は、損害保険金ではなく生命保険に類似するものであると考えられています。そして、生命保険金は、納付した保険料の対価として支払われるものですから、生命保険金が支払われたとしても、それは損害に填補されません。

したがって、搭乗者傷害保険金が支払われたとしても、損害に填補されることはなく、損害から控除されることはないとされています。その妥当性には疑問も出されていて、搭乗者傷害保険金が支払われた場合には、慰謝料を減額するという下級審の判例もあります。

第4 保険

1 はじめに

自動車保険には、自動車損害賠償保障法に定めるいわゆる自賠責保険と被保険者が各損害保険会社と締結する任意保険とがあります。

この二つの主だった違いをここで説明していくことにしましょう。

なお、自賠責保険からの具体的賠償額は国土交通省作成の支払基準を参考にしてください。

2 強制と任意

自賠責保険

自動車損害賠償保障法は、「自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立することによって、被害者の保護を図」ることを主たる目的として定めた法律です。その制度の確立の一つとして、自賠責保険契約が締結されていない自動車を運行させることはできないとしています。そこで、自賠責保険契約の締結が義務づけられ、この契約の締結が強制されています。このようにして、最低限の損害賠償を確保しようとするものです。

任意保険

これに対して、任意保険について、この契約を締結するかどうかは、被保険者の任意・自由意思に委ねられています。

3 補償対象

自賠責保険

その対象は「運行」によって生じた損害であり、かつ、他人の生命・身体に対する損害だけです。つまり、自動車の所有や管理に基づいて発生した事故についての補償はなされませんし、自損事故や物損事故についても補償はなされません。なお、ここで「他人」とは、親族であってもよいとされています。

任意保険

その対象は契約によって定められますが、物損事故、自動車の所有や管理に基づく事故についても補償されます。

なお、任意保険の場合、被害者が被保険者自身である場合、又は運転者の一定範囲の親族である場合、補償がなされないことも多いようですが、ことに後者の場合には、よく約款を確認してください。

4 免責事由

自賠責保険

自賠責保険は、できるだけ被害者を保護しようとの趣旨から、保険会社 が保険金を支払わなくてもよい場合、つまり保険会社が免責される場合を限定しています。免責されるのは、自賠責保険が重複して契約されている場合と保険契約者又は被保険者の意思(悪意)によって生じた事故の場合に限定されています。

任意保険

任意保険で保険会社が免責される場合を、約款が詳しく挙げています。自賠責保険のような限定はありません。

5 直接請求

自賠責保険

被害者は、保険会社に対して損害賠償額の支払いを直接請求することができます。

任意保険

一定の条件を満たすことで、被害者が保険会社に対して損害賠償額の支払いを直接請求することができるにすぎません。この一定の条件とは、保険会社の了承の下で、被害者と被保険者との間で損害賠償額につき書面による合意があるか、確定判決があるなどの場合です。

なお、保険会社との間で損害賠償額をめぐって話合いで決着がつかない場合、被害者は、運転者などの責任主体と共に保険会社を被告として損害賠償金支払請求訴訟を提起しますが、これは責任主体についての勝訴判決を条件として、保険会社に支払いを求めるものですから、ここでいう直接請求とは関係しません。

6 直接請求権の差押え

自賠責保険

被害者は、保険会社に対して直接の損害賠償金支払請求権を持っているのですが、被害者を債務者とする他の被害者の債権者は、この損害賠償金支払請求権を差し押さえることはできません。

任意保険

一定の条件の下で認められた保険会社に対する損害賠償金支払い請求権を、被害者を債務者とする他の被害者の債権者は差し押さえることができます。

7 過失相殺

自賠責保険

被害者に重大な過失がある場合にだけ過失相殺が許され、単なる過失しかない場合には過失相殺をすることはできません。何が重大な過失かは議論がありますが、一般的には限りなく故意に近い過失だと言われています。

さらに、被害者に重大な過失があったとしても、その過失割合が、被害者:加害者=6:4である場合のように、被害者の過失が7割未満である場合には過失相殺による減額はなされませんし、被害者:加害者=7:3である場合のように、被害者の過失が7割以上であっても、最大5割までの過失相殺しか許されていません。

任意保険

通常どおり過失相殺がなされます。実際上でも、過失相殺事由があるかどうか、あるとしてどの程度の過失割合になるかなどについて、厳しい対立となることも少なくありません。

8 支払限度額

自賠責保険

支払限度額の詳しいことについては、国土交通省が作成している支払基準を参考にしてください。主なものについて説明しますと、死亡は3000万円、傷害は120万円を限度としていて、後遺症障害については、等級に応じて75万円から3000万円が支払われます。

任意保険

契約によってそれぞれの限度額が決められています。

9 仮渡金・内払金

自賠責保険

治療費、葬儀費用など当面必要な費用については、責任の有無を問題するとことなく、死亡の場合は290万円、傷害の場合はその程度によって5万円から40万円について、被害者はその仮渡しを保険会社に求めることができます。

また、被保険者又は被害者は、既に発生している損害について、それを一定額に分割して内払いとして請求することができます。

任意保険

任意保険には自賠責保険で認められているような制度はありません。原則として、責任の有無や賠償額が確定するまでの間賠償金は支払われません。もっとも、現実には、例えば損害額に争いがあり、被害者側が1000万円の損害を主張し、保険会社が500万円の損害を主張しているような場合、一時金として500万円の範囲内で支払に応じてくれる場合もあります。

10 自賠責保険と任意保険との関係

自賠責保険は被害者保護を目的としていますので、直接請求権やその差押え禁止、過失割合の算定等々の場面において、被害者に有利な制度が創設されています。しかし、支払限度額が抑えられていること、物損事故や無保険(自賠責無契約)自動車による損害発生に対応することができません。

特に、死亡事故の場合、支払限度額が抑えられているために、現実に発生した損害額に対応することはできません。これを補完するのが任意保険であるといってよいでしょう。多くの人が、「対人無制限」保険に加入しているものと思われます。

また、任意保険に加入していないと、傷害事故であっても、死亡事故であっても、加害者と被害者との間で和解が成立しにくく、加害者側の刑事裁判に大きな不利益な影響を与えます。「任意保険に入らないこと自体がおかしい」と明言する刑事裁判官もいるほどです。

第5 弁護士・和解(示談)

1 はじめに

現在ではほとんどの人が任意保険に加入していると思われます。加害者側が任意保険に加入している場合、そこに「示談代行」契約条項が盛り込まれています。これは、加害者に代わって、保険会社が被害者と和解(示談)を進めていきますよというようなものです。ですから、加害者側としては、保険会社に任せきりにしておいても問題はないといえます。

ところが、被害者側にはそのような術がありません。どうすればよいかを自分自身で判断していかなければなりません。

2 代理人弁護士

交通事故の損害賠償を求めるのは、民事の問題ですから、刑事と違って、弁護士を付さなければならないということもなく、裁判になったとしても、本人訴訟ということで弁護士を代理人として付ける必要性はありません。

しかし、加害者の代理人として保険会社の交通事故担当といういわばプロを相手にしなければならないこと、多くの場合保険会社は支払をしぶって、あれやこれやと被害者を説得してくること(虚偽すれすれのことまで言う人もいます)、これまでに見てきたように、損害額の算定、過失割合の算定等々あらゆる場面においてそれなりの知識や理論武装が必要であること、損害賠償額の算定についても、裁判所基準から自賠責基準などの幅があることなどを考えますと、代理人として弁護士に和解交渉から裁判までそのすべてを任せることがよいと思われます。

弁護士を代理人とした場合、弁護士費用がかかるとか、問題解決まで長期間かかってしまうというデメリットがあると言われています。

しかし、現在では弁護士費用も自由競争となっていて、以前のように必ずしも着手金を1割、成功報酬を2割とするというわけではありません。場合によっては、着手金なくして成功報酬だけでよいという弁護士もいます。

しかも、和解においても裁判においても、通常の弁護士費用をすべて補填するわけではありませんが、一定額の弁護士費用も認められています。保険会社のいいなりになって低い金額で納得してしまうのか、ある程度弁護士費用を払っても納得のいく金額で解決できるかです。

一例を出すと、被害者Aさんに提示された保険金額は500万円で、納得のいかないAさんが弁護士に依頼し調停をした結果、1200万円が認められたということさえあります。このような場合、仮に高額な弁護士費用を支払ったとしても、被害者の取り分は当初の500万円をはるかに超えるものとなります。

また、解決まで長期間を必要とするというデメリットにつきましては、それが本当に弁護士を依頼するデメリットなのかという疑問があります。というのも、それだけ保険会社との対立が厳しいということで、保険会社の出し渋りである可能性もかなり高いのです。

短期間での解決ということであれば、納得のいかない解決ですますしかありません。そして、弁護士に依頼をした上で、短期間の解決を希望するのであれば、そのことを弁護士に伝えておくこともいいでしょう。

依頼者から短期間での解決を頼まれれば、和解交渉に早めに見切りをつけ、裁判では長期化するから調停で解決するなどの方策を弁護士が考えてくれるはずです。

根本的には、相手方がプロである以上、被害者としてもプロを頼むべきではないかと思います。最近では、弁護士費用が保険から支払われる弁護士費用特約が付いている保険もあり、以前よりも弁護士を利用しやすくなっています。

3 和解(示談)交渉

和解(示談)とは

和解は、当事者がお互いに譲歩して紛争を解決することをいいます。双方の譲歩ですから、被害者のAさんが損害額は1000万円であると、加害者のB又は保険会社が損害額は500万円であると、それぞれ主張している場合に、800万円で解決することをいいます。

和解(示談)の開始時期

先に見ましたように、後遺症のある場合には症状固定とならなければ、労働喪失割合(等級)も確定しませんから、損害額の確定という意味から、症状固定後に和解交渉が開始されることになります。

和解(示談)のポイント

和解は、被害者から見れば、それまで自分が主張していた損害額よりも低額での解決となります。したがって、よく検討して納得してから和解を成立させる必要があるでしょう。

また、被害者Aさんと加害者B又は保険会社との間で、当該交通事故の損害賠償をめぐっての紛争を終局的に解決しようとするものですから、「被害者は、それ以外は加害者に対して何ら請求しない」といういわゆる放棄条項を盛り込むことになります。和解内容に、後日不服が生じても、紛争を蒸し返しませんよという意味です。

和解(示談)後の後遺症

ところで、AさんとBが和解をしたのですが、その後Aさんは頭痛に悩まされ検査をしたところ、和解当時には発見できなかった脳障害が発見されたという場合、和解が成立し上記のような放棄条項がある以上、もはや新しい後遺症に基づく請求はできないのでしょうか。

最高裁は、次のような場合には、和解をしていたとしても、追加の請求をすることができるとしています。

  1. 全損害を正確に把握しがたい状況
  2. 経済的理由などで早急に和解した場合
  3. 常識に反した少額の和解
  4. 和解当時予想できなかった新たな損害の発生

したがって、Aさんは和解が正立していたとしても、上記の(4)に該当するとして、追加請求をすることができます。

なお、まだ後遺症が別に発生するおそれのあるような場合には、和解の際に「今後本件事故が原因で新たな後遺症が発生した場合には、本件和解とは関係なく、当該後遺症による損害賠償を請求することができる」との条項を盛り込んでおくこともいいでしょう。

第6 裁判等

1 民事裁判等

はじめに

被害者やその遺族等と加害者又は保険会社との間で和解が成立しないような場合には、第三者機関に申立てをして、紛争を解決してもらうしかありません。

この第三者機関には、裁判所と裁判外紛争処理機関(ADR)があります。それぞれについて説明をしていきますが、その前提として準備すべきことについて見てみましょう。

裁判等の準備

どのような第三者機関に解決を委ねるとしても、裁判の準備をしっかりとしておくことが必要です。いい加減な訴状や申立書又は証拠であれば、第三者機関への印象も悪くなってしまいます。

事前の交渉でどこの部分で、どのように主張が食い違っているのかを整理しておきましょう。また、主張に見合った証拠、例えば、診断書などの医療記録(病院ですべてを開示してもらって入手しておきましょう)、診療報酬明細書などのあらゆる領収書類、源泉徴収票、給与明細書、課税証明書といった所得を証明する資料、会社作成の休業証明書などです。

第三者機関に解決を委ねるのであれば、特に民事裁判で解決をするのであれば、費用がかかったとしても、弁護士を依頼した方がよいと思われます。もし依頼するのであれば、早めにすべきでしょう。

裁判所での解決

裁判所での解決方法としては、地方裁判所又は簡易裁判所における通常訴訟、簡易裁判所における民事調停、簡易裁判所における少額訴訟があります。

通常訴訟とは、一般的な裁判のことで、地方裁判所又は簡易裁判所に訴状を出して訴訟提起をします。この裁判所は原則として相手方の住所地を管轄する裁判所になります。

地方裁判所か簡易裁判所かの違いは、裁判で求める金額が140万円を超える金額であれば地方裁判所、140万円以下であれば簡易裁判所となります。いずれの場合であっても、訴状を提出してから、概ね1月から1月半後に、第1回の裁判が開かれます。その後は1か月に1度程度の間隔で裁判が開かれていきます。

ある程度主張が出揃い、書面による証拠も提出された段階で、通常は裁判所から、和解案が提示されることが多いようです。もちろん、和解案は、裁判所からの提案だといっても、納得のいかない内容であれば、これを受ける必要はありません。ただ、裁判所の提案する和解案は、判決を出す場合の判決内容に近いこともあります。そのあたりの見極めは、やはり弁護士でないと無理かもしれません。

和解が成立しない場合には、当事者の尋問が行われます(尋問後に初めて和解案が出される場合もありますし、尋問後に再度和解案が出されることもあります)。その後、最終の意見書面(最終準備書面)を出して結審し、判決期日が指定されます。判決に不服のある場合には、控訴や上告をすることができます。

簡易裁判所の民事調停とは、裁判官1名・一般人2名(東京ではそのうち1名は弁護士)で構成される調停委員会が、当事者双方の言い分を聞いて、委員会が調停案を提示し、その案に双方が合意することで調停を成立させて、紛争を解決する方法です。

進行の方法などについては、裁判所の職員や調停委員が丁寧に説明をしてくれますので、通常訴訟に比べると弁護士に依頼をしなくても対処することは可能です。

月1回程度の間隔で開かれることは通常訴訟と同じですが、1回の期日で約2時間ほどの時間をとってくれますので、一方当事者はその半分の1時間程度の間、話を聞いてもらうことができます。

ただ、調停は双方の合意によって成立するものですから、一方当事者が納得しない限り調停成立の見込みがないと判断されて調停は終了してしまいます。調停が不成立で終了した場合には、通常訴訟に移るしかないでしょう。

少額訴訟は、60万円以下の金銭の支払いを求める紛争について、原則として1回の審理でその解決を図るものです。ただ、事前の和解交渉がうまくいかなかったということは、1回の審理で判断するに適さない事案であって、交通事故の損害賠償をめぐる問題で少額訴訟が利用されることはほとんどありません。

ADRでの解決

交通事故による損害賠償問題についてのADRとしては、財団法人交通事故紛争処理センターがあります。

これは、相談担当弁護士が、損害賠償問題の紛争解決を中立公平の立場から無料で手伝ってくれる公益財団法人です。具体的な内容は、民事調停と同じであると考えてもらってよいでしょう。

なお、ADRではありませんが、日弁連交通事故相談センターや法テラスに相談されることもよいのではないかと思います。

2 刑事裁判

はじめに

人身事故となった場合、加害者(運転者)には、「自動車の運転により人を死傷させる行為等処罰に関する法律」が適用されます。

この法律のうち、主に適用されるのは、過失運転致死傷罪で、7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金となります。また、アルコールや薬物の影響で正常な運転が困難な状況で自動車を走行させる行為などで人身事故となった場合、人を負傷させたときには15年以下、死亡させたときには1年以上(20年以下)の有期懲役が科される危険運転致死傷罪の適用を受けます。

刑事手続の流れ

人身事故が発生した場合、捜査機関(通常は警察)による捜査が開始されます。ここでは、加害者を中心に刑事手続の流れを見ていきましょう。

加害者(被疑者)が警察によって逮捕された場合、48時間以内に送検され、検察官はそこから24時間以内に勾留請求をするかどうかを決定することになります。起訴された被疑者は被告人となり、刑事裁判を受けます。刑事裁判は、大雑把にいうと、人定質問(被告人本人の確認)、起訴状朗読といった冒頭手続、検察官の冒頭陳述、証拠請求、採用された証拠の取調べ(証人も含みます)、被告人質問といった証拠調手続、判決手続といった経緯で進んでいきます。

加害者が逮捕されていない場合には、検察官による不起訴・起訴決定の段階から進みます。

過失運転致死傷罪には、先に見ましたように、罰金刑があります。正式裁判となって罰金刑となることもありますが、罰金刑の多くは略式起訴でなされます。略式起訴も検察官による起訴ですが、正式裁判は開かれず、罰金を納付して刑事手続は終了します。

被害者と刑事手続

かつて被害者は犯罪の当事者であるにもかかわらず、刑事手続からは排除されていました。しかし現在では、「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」が制定されていて、被害者も経緯手続に大幅に関与できるようになっています。

捜査段階では、被害者として警察や検察官から、事故当時の状況についての聴き取りがなされ、供述調書が作成されます。また、実況見分ということで、交通事故現場においていろいろと説明を求められることもあり、その結果は実況見分調書とされます。

裁判段階では、優先的傍聴、記録の閲覧・コピー、裁判参加、和解の公判調書記載があります。優先的傍聴とは、社会的な大事件である場合傍聴人が多数押しかけて被害者自身が裁判を傍聴することができないことに配慮した制度です。事前に傍聴を希望することを裁判所に申し出ると、裁判所から優先的に傍聴席を確保するという配慮がなされます。

記録の閲覧・コピーは、刑事記録について、事件を審理している裁判所に申し出ることによって、これをすることができます。

裁判参加は、検察官に申し出て、裁判所の許可を得ることによって、被害者参加人として裁判に参加することができます。

さらに、被害者などと被告人との間で和解が成立したときには、刑事事件が係属している裁判所に被害者などと被告人が共同で申し立てをすることによって、和解の内容を刑事公判調書に記載してもらえます。これは確定判決と同じ効力があります。つまり、債務が履行されない場合には、この公判調書をもって強制執行をすることができます。

ですから、別途民事裁判を起こしたり、和解内容を公正証書にする必要がありません。

3 行政処分

交通事故や交通違反を起こしたとき、公安委員会は運転免許の取消しや停止などの行政処分を行います。この行政処分は、交通違反の内容や事故の内容によって定められている点数で行われます。

免許取消処分や90日以上の免許停止処分に該当する場合、公安委員会又は警察本部長によって公開による意見聴取が行われます。対象者は、このときに、処分の理由について意見を述べたり、証拠を出すことができます。

さらに、免許取消などの処分に対して、処分のあったことを知った日の翌日から60日以内に書面をもって、公安委員会に異議の申し立てをすることができますし、裁判所に行政処分の取消を求めて訴訟を提起することもできます。

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